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第四十一話

  「そういえば、キサラ」

  「……なに……」


  湖で水を汲んでから、もう一週間が経った。水はまだまだあるし、食糧もあと一ヶ月は事足りるだろう。けど、僕はいまだにまだ食糧があるということに、ある種の焦りを感じていた。


  「ひとつ、質問していいかな」

  「……どうぞ……」


  エレナが神妙な僕の雰囲気に何事かと様子を見守っている。キサラからは、何を聞かれても答えよう、という覚悟のようなものを感じる。キサラをもっとよく見る。細っこい体に、薄い肌着のようなワンピース。手足は僕が抱きしめたらすぐに手折れてしまいそうなほど儚げだ。


  「君さ、どうしてもっとご飯を食べないの?」

  「……それは……」


  キサラはどうしてそんな基本的なことをわざわざ訊くのだろう、といった感じだ。

  たしかに食糧は事足りてる。けど、それなのにキサラはパンをひとかじりでやめて、あとは一切食べようとしない。それにも関わらず彼女は僕らと同じだけ歩いて、おんなじように眠る。こんなことを続けていたら、たぶんこの子、持たないんじゃないだろうか? いつか倒れて、動けなくなって、衰弱して、死んでしまうんじゃないだろうか。


  「……私は……奴隷、だから……」

  「怒るよ? 何度も言ってるじゃないか。君は仲間だ、って。君みたいなペースでずっと歩き続けたらいつか倒れるよ?」

  「……その時は、私を……」

  「捨てて行け? できるはずないだろう、そんなこと」

  「……どうして……?」

  

  あんまりにも固いキサラの頭に、僕の苛立ちは募るばかり。


  「ああ、もう。君もエレナと同じで、脅されなきゃご飯も食べれないのかい?」

  「わ、私はちゃんとご飯ぐらい食べれます!」

  「君は寝ようとしなかっただろう?」

  「う……」


  反論しようとしたエレナはすぐに黙った。


  「いいかい、よく食べよく寝て、それが長持ちと長生きの必須条件だよ」

  「……私は、奴隷だから、長持ちしなくても……」


  ……。


  「あ。き、キサラさん、まずいです、早く訂正するか心を入れ替えてください!」

  「……ううん、エレナ。私は、奴隷なの……」

  

  …………。


  「よくわかった。君は奴隷でいたいんだ」


  キサラが頷く。


  「わかった、よく、わかったよ。じゃあ、今から君は僕の命令には絶対服従。いいね? 殺せと言われれば殺して、死ねと言われれば死ぬんだ。わかる?」


  彼女は頷く。


  「よし。じゃあ、次の食事はしっかりとるんだ。……いや、とれ。最低限僕たちと同じだけ食べろ」

  「……それが……」

  「口答えするな。君は奴隷……だろう? 主人の言うことを黙って聞いていればいいんだ」

  「……はい……」


  胸が痛む。けど、こうでもしないと……。

 それ以降、キサラはもう何も言おうとしなかった。気まずい沈黙が、荒野を歩く僕らの中に漂う。


  「あ、アルさん、言い過ぎだと思いますよ?」

  「仕方ないでしょ? こうでもしないと倒れちゃうよ」

  「でも、絶対服従なんて……」


  でも、キサラは妙に僕に気を使おうとするから、強制力を強めないと断りそうなんだよ。


  「ま、安心してよ。無理難題や卑猥な命令はしないからさ」

  「絶対にそう言い切れますか!?」


  ……言い切れるよ。


  「なんで黙ってるんですか? ……はっ、もしかして、今日の夜あたりに自分の寝床に呼びだしてあんなことやこんなことを……っ!」

  「それだけはない」


  はず。


  「……大丈夫……私、どんなことをやらされても、何をされても、大丈夫……」


  キサラがエレナを安心させようとそう言った。けどその瞳はどこも見ていなくて、言葉の内容も、まるで自分に言い聞かすようだった。


  「もう! アルさん、今からでも遅くありません、早く命令しないと約束してあげてください!」

  「それはできないね」


  だって、このままだとキサラは近いうちに死んでしまう。そんなことにはさせないよ。


  「……いいの、エレナ……」


  光を失った瞳が、エレナに向けられる。あまりの無表情に、さすがのエレナも息を呑んだ。


  「あ、アルさん!」

  「ううん……」


  たしかに、この傾向はよくない。キサラにはもっと、命令を実行したくない、と思わせるだけのことをしないと。ちょっとやそっとのことじゃ動じそうにないキサラをそう思わせるには、やっぱり身の毛もよだつような残酷で醜悪で救いがたい命令をしないと。


  「……」

  「あ、あの、アルさん?」


  たとえば、次の国につくとする。そこで……………。


  「あ、あの、アルさん!? すごくドス黒いオーラが出てますよ!?」

  「ん? ああなんでもないよ」


  たとえば、もっともっともっとひどいことをさせれば、少しぐらい嫌なそぶりを見せるはずだ。そうすれば、変われるのに。


  「あ、あの、怖いんですけど……」

  「……ん? あ、ごめんごめん」


  あといくつか思いついたけど、それを実行しちゃったらエレナもキサラも心身ともにズタズタになって旅どころじゃなくなる。


  「……ま、とにかく次の国に急ごうか」

  「……はい……」

  「はいです~」


  次の国に行ったら、まずキサラに奴隷は嫌だと思わせなきゃ。さて、どうしようか……。


  案はたくさん浮かぶのに、それのどれかひとつかは実行するべきなんだと思うと……気が滅入る。もしかしたらこのまま、彼女が奴隷のまま旅をしてもなんの問題もないのでは……そんな気さえしてくる。

  でも、それはだめなんだ。キサラが自分を奴隷だと思う限り、僕とキサラは主人と奴隷のままで、いつまでも旅仲間にはなれない。僕は、仲間がほしいとは思うけれど奴隷がほしいとは、思わない。


  ……がんばろう。心を鬼にして。

   

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