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第四十話

  僕は旅人。

  何か目的があってこうして荒野を彷徨い、国から国へと渡っているような気もするし、なんの目的もなく、ただの道楽で荒野を歩いて国から国へと渡っているような気もする。

  もし仮に目的があったとしても、旅をするうちに忘れてしまうような目的なんて、たいしたことじゃないだろう。


  「暇だね」

  「うみゅ~。そうですね~」


  僕の隣で可愛く鳴いたのは、旅の仲間、エレナ。彼女は僕と同じ旅人。……なはず。

  両親に売られ、あわや奴隷になろうか、というところで僕が助けて、そのままついてきた。一度両親と再会し、そっちについていくこともできたはずなのにそれをしなかったところを見ると、ある程度は僕を気にいってくれているんだろう。


  「あなたはどうですか?」

  「……すごく、楽。嬲られずに安心して歩けるなんて、今までなかったから……」


  僕の隣で地味に重い言葉を呟くのは、ピンクの髪の毛をした女の子、キサラ。彼女は奴隷で、彼女の主人が僕を殺そうとしたので返り討ちにして、結果的に彼女は僕に隷属した。よって、旅人ではない。が、旅仲間ではある。まだ前の主人に従っていた時のことが忘れられないのか、時々すごく重い発言をする。可愛いからいいけどね。


  「ふうん。君は前まで何をされていたの?」 

  「……言わなきゃ、ダメ……?」

  「うん」


  キサラのこと、僕は全然知らないから。嫌な記憶だろうとなんだろうと、とにかく知りたい。


  「……暇だから、という理由で殴られたり、蹴られたり……」

  「ふうん。で、今君はこわい? 僕にそれをされるんじゃないか、って」


  キサラは首を振った。


  「……大丈夫。もし暴力を振るっても、きっとなにか理由があるから……。そう思うから、耐えられる……」


  キサラ、君って一度信じたら二度と疑わないタイプだね。


  「あのね。僕だって男だし、可愛い君を調教したい、とか思ってるかもしれないんだよ? それでも君は信じるの?」


  キサラは頷いた。


  「……あなたになら、調教されてもいい……」

  「うわ大胆ですね~。でも、アルさんには逆効果ですよ?」

  「……どういうこと……?」

  「怒らせるだけですよ、そんなこと言ったら」


  まあ、これくらいじゃあんまりだけどね。ま、警告の意味も込めて、言っておこうかな。


  「僕は自分から人間の尊厳を捨てる人間を見ると、虫酸が走るんだ」

  「……私には……守っていい自分なんて……なかったから……」

  「う」


  しまった。うっかりしてた。この子はエレナのなんちゃって愛の奴隷とかとはレベルが違うんだった。この子は、本物の奴隷なんだ。


  「……それに、奴隷は、常に主人の下にいなければならないから……。私は、人間でいてはいけないの……」

  「……あ~、ごめん、いろいろと」


  ほんと、壮絶だね。人でいてはいけない、主人の命令は絶対服従。可哀想だとは思うけど、今この子を救うことはできない。自分で助かろうとしない限りは、誰にも救えないだろう。


  「キサラさん、でも大丈夫ですよ!」

  「……なにが……?」

  「アルさんに仕えていれば、楽しいですから!」

  「……本当に……?」

  「ええ! ただし、命の危険もめじろ押しですけど」

  「あはは……」


  笑えない。全然笑えない!だ って、エレナとあってから危険ばかりだ。

  まず最初、ミケーア商会に追いかけられた。その次、ミケーア商会とレナに追いかけられた。その次。森で言葉も通じない原住民に襲われた。ついさっき、国中の男にマワされそうになった。


  「……命の、危険……?」

  「あー……うん。だから、いつも覚悟だけは忘れないでね」

  「なんの覚悟ですか?」

  

  殺す覚悟と、


  「殺される覚悟だよ」

  「うう、了解です……」

  「……わかりました……」


  会話が途絶えて、僕らは歩くことに集中する。

  周りに少しだけ木が増えてきた。ところどころに緑の草もある。


  「……も、ももももしかして、また森でしょうか……」

  「それだけは勘弁願いたいね」

  「……森……?」


  あ、そういえばキサラには言ってなかったな。


  「森、っていうのはね、木がたくさん、たくさん、一面木で覆われた土地のことを言うんだよ」

  「……すてき……」

  「でもね、森には凶暴な人達が住んでるから、森を見つけても絶対に近づいちゃだめだよ」

  「……うん……」


  がっかりしたようにキサラはうなだれた。


  「ん? あれは……」


  森かと思ったけど、少し歩いてみたら正体がわかった。……湖だ。湖が近かったから草木が生えていたのか。


  「うわぁ! お水です、水がいっぱいです!」


  エレナは湖を知らないのか、興味しんしんで湖に向かって行く。


  「……湖……」

  「知ってるのかい?」


  キサラは頷く。ま、ここだと嫌な思い出もないだろう。


  「……私、水を汲んでくる……」

  「え、いいよ。水ならいっぱいあるし」


  キサラは首を振った。


  「……私の仕事だった……」

  「……ああ、そういうことね」


  つまり、湖におけるキサラの仕事は水汲みだった、というわけか。


  「キサラ、君は僕の仲間だ。わかってるね?」


  キサラは目を見開いて、それから戸惑ったような表情になって頷いた。


  「だから、前にいた時のことは忘れるんだ。前と今は、違うんだから」

  「……うん……」

  「よし、じゃあ、水を汲もうか。よく考えたら水はあって困るということはないからね」

  「……了解……」


  キサラはどう反応すればいいのかわからない、という目をしながら皮袋に水を入れようとする。

  僕も自分のリュックから皮袋を取り出し、水を汲み始める。


  「……え……?」

  「何を驚いてるのさ? ……おーい! エレナ! 水を汲むよー!」


  水遊びしていたエレナが駆け寄ってくる。


  「え、お水はまだありますよね?」

  「でもあって困ることはないだろう?」

  「……お水だって腐りますよ?」

  「だからこそ、だよ。それに、もし次の国が水に困っていたらこれを売って小金持ちになれるかも、だよ?」

  「頑張ります!」


  うん、扱いやすくて助かるよ。


  「……どうして……あなたも……?」

  「僕だから、かな? やっぱり、女の子一人に仕事をさせてはいられないんだ。……ま、偽善者だって笑ってよ」

  「……」


  水を汲みながらキサラは首を振った。


  「……水を汲み終わったら、出発しようか」

  「はいです!」

  「……うん……」


  僕は少しだけ明るくなったキサラの横顔をみて、いいこと言えたかな、と思うのだった。

  

  

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