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第四話

エレナの家は表通りからあるていど離れた郊外にあった。

  ここに来るまでに通りかかったお店にはかなり珍しいものがたくさんあったから、転売すれば少しの路銀にはなると思う。


  この辺りはいわゆる貧民層の人達が住む場所で、エレナの家は周りに比べたらまだ大きいほうだった。それでも大通りの小さなお店にもかなわない大きさだけれど。


  「こ、ここです。あまり広い家ではありませんが、ど、どうぞ……」


  そう言ってエレナは玄関を開けた。


  「ただいま~!」


  僕はてっきりエレナは家でも敬語を使っているのだと思っていたけれど違うようだ。


  まあ、単にイメージからの想像だったから外れているのは当たり前なんだけど。


  「え、エレナ、なのか……?」


  家の奥から、やせ細った男性……恐らくエレナの父親だろう人間が出てきた。


  その目にあるのは、驚き。


  そして、



  「なぜ、なぜ帰ってきた⁉」


  

  際限のない怒り。


  「……え?」


  きっと喜んでくれるとエレナは思っていたのだろう。優しく包み込んでくれると思っていたのだろう。


  追いかけ回れてなんとか帰ってきたのに、両親はそれを歓迎してくれない。よほど驚いているだろう。声にもならないのだろう。


  「お、お父さん……?」

  「まさかお前、逃げたのか⁉」


  誰だってしらない人から追いかけられたら逃げる。けれど、まるでその当たり前さえもが悪い事のように、エレナの父親は言う。


  「わ、私、帰ってきた……よ?」

  「帰ってくるな!今すぐ行ってこい!」

  「ど、どこに?私、この家以外に行くところなんて……」

  「ご主人様の所に決まっているだろう!さあ早くいけ!さあ、さあ!」

  「お、お父さん、何言って……」

  「まだ言うかこの!」



  パシッ!



  痺れを切らしたのか、エレナの父親は未だに何を言われているのか理解できない自身の娘をはたいた。


  もちろん僕が止めたけどね。エレナは来たる衝撃に備えて目を閉じていたけれど、覚悟していたのが来なくて、ぱちくりと目をしばたかせた。


  「え、あ、え?」

  「……なんだ、おまえ?」


  エレナの父親は僕をすごい目で睨みつける。


  ……やれやれ。


  「僕はエレナの主人です。……顔に傷がついたらあれですので、やめていただけますか?」


  僕がそう言うと驚くほどあっさりと手を引っ込めた。


  「そ、そうですか。失礼しました」

  「いえ、気にしてないのでいいです。娘がどこの馬の骨とも知らない男と一緒にいたら怒るのが当たり前ですから……ねぇ?」

  「……そう、ですね」


  僕の皮肉にかなり傷ついているみたいだけど、同情はしないよ。


  「……行こうか、エレナ」


  確かめたい事は確かめた。もうここに用はない。昨日できなかった買い物をして、食料を補給して、それから……


  「あ、あの」


  後ろから、声が聞こえた。無理して気丈に振舞っているような、そんな声だった。こんな声、僕は聞きたくなんかないのに。


  「『行く』って、どこへですか?私が帰る所は、ここだけですよ?」

  「そうなんだろうね。だから行こうか、って言ったんだよ」

  「どこに、私は連れていかれるんでしょうか?」

  「さあ?とにかく、ついてきてよ」

  「で、でも」

  「早くいけ!ご主人の命令だぞ!」


  なおもついてこようとしないエレナを、父親が叱った。

  ……嫌気がさすな。


  「……はい」


  こんな女の子に、こんな絶望を味わせるなんて。


  この世の終わりとばかりに肩を落としたこの子を連れて買物なんて無理……だな。


  一旦、ホテルに戻るか。


  「君、自分に何が起こっているがまだ理解できてないよね?」

  「……はい」

  「だろうね。教えてあげるから、ちゃんとついてきてね」


  女衒師にでもなった気分だ。エレナにしたら僕は間違いなくそれなんだろうけど。


  ほんとうにごめんねエレナ。

  僕はこうなる事はだいたい予想できていたのにも関わらず、君を家に帰したんだ。


  いくら確実ではなかったとはいえ、もっと方法はあったはずなのに。


  ごめんね、エレナ。


  「……さ、行こうか」

  「……はい」


  ……ごめんね。


  





  ホテルに帰ると、また受付の男性が僕らに突っかかってきた。


  「御客様、先程の事ですが」

  「先程?なんのこと?」


  僕はとぼけるけれど、彼はもう誤魔化されなかった。


  「 率直に申し上げます。その女性……どこでお買いに?」


  酷い言い草だね。まるでこの子が物みたいじゃないか。……この国の人にとったら同じような物か。


  「買う?なにを言ってるの?人が人を買えるわけないよ」

  「あなたは旅人です。奴隷制を知らないわけではないでしょう?」


  知らないわけではないよ。でもね、ここで認めるわけにはいかないんだよね。エレナがだいたいのこと察し始めてるからね。


  「知らない、というわけじゃないよ。でもこの子は違うよ」


  僕の言葉に後ろにいるエレナがぱあっと明るくなったようなきがする。


  「しかし、手配書でもそっくりで」

  「違うと言っているんだよ?それで十分じゃないのかい?」


  少しだけ語気を強めて言った。脅す形になったのは気が進まないけど、この場合は仕方ない。


  「あ……あ、はい……」


  僕に気圧されて、彼はコクコクと頷いた。


  「そう。わかってくれて嬉しいよ。じゃあね」


  僕はそう言って部屋に戻った。


  「ご、ごゆっくり……」


  後ろから、そんな怯えた声が聞こえた。


  だから僕は脅すのは嫌いなんだ。こうやって他人を怯えさせるから。


  でも、この場合は仕方のないことだったんだ。


  そう自分に言い聞かせて、僕は部屋に入った。


  僕が今からする話を聞いて、エレナ正気で居られるだろうか?それだけが疑問だった。



  「話して……くれるんですよね?」

  「うん。話してあげる。でも、気を確かに、ね」

  「早く話してください」


  エレナは少しだけ苛ついた表情で言った。自分になにが起こったのかが他人しか知らないというのがこの子を苛つかせてる原因だろうな。


  「……僕の話は想像がほとんどで、事実は一握りでしかない。だから、信じたくないなら信じなくていいよ」


  信じて欲しくてする話でも、ないしね。


  「……わかりました」


  エレナは神妙に頷いた。


  「まず、結論から言うよ。君は……」


  ごめんね、エレナ。




  僕は君を、傷つける。




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