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第三十八話

 「キサラさん、どうですか?」


  なんかお決まりの展開みたいに、隣の部屋から話し声が聞こえた。ううん。この宿屋の主人に文句言おうかな。部屋の壁が薄いぞ、どうなっているんだ、ってね。


  「……どう、とは……?」

  「アルさんのことですよ。優しそうでしょう?」

  「……」

  「あれ、そうなんですか?」


  多分、キサラは首を振ったんだろう。


  「……私は……怖い……」

  「あの人が? あ、もしかしてさっきのことですか? 嫌ですね、さっきのはただじゃれついてただけですよ~」


  僕は違うけどね。


  「……あの人は、優しいと思う……」

  「じゃあ、なんでですか?」

  「……もし、あの人に、裏切られたら……。もう、私は……誰も、信用できなくなる……」


  絞り出すような声に、僕は内心驚く。そんな。僕が、裏切るわけないじゃないか。


  「……ま、気持ちはよくわかります。でも、無用な心配だと思いますよ?」

  「……なぜ……?」

  「なぜって、それはあの人だからとしか言えません。あの人は、女の子には優しいですから」


  なんだその言い方。まるで僕が女ったらしみたいじゃないか。


  「……そう……」

  「そうです」


  しばらく、沈黙。


  「……あなたは……?」

  「ふぇ?」

  「……あなたは、どうなの……?」

  

  意外にもキサラが会話の口火を切った。


  「わ、私ですか? も、もちろん、その、敬愛していますよ!」

  「……嘘……」

  「むぐっ」


  エレナが息を呑む。


  「……あなたは……彼のことが……怖い……?」

  「…………………っ…………はい……」


  もっと驚き。


  「あの、あの時……あなたと会う少し前……その、殺されるかも、という目に遭わされまして……」


  ……あの時か。


  「それから、少しだけ、本当に少しだけ、ですけど。今まで以上に、その、怖くなって……」

  「……そう……」


  なんだか、自業自得なはずなのに、僕はショックを受けていた。


  「……ね、寝ましょうか。明日はきっと大変なことになると思いますし」

  「……そうなの……?」

  「ええ。……でもそれは、私の口からはとても……」

  「……そう……」


  向こうからゴソゴソと布団に潜り込む音が聞こえた。


  「ふう~。久々のお布団ですぅー……すぅー、くぅー……」

  「……おやすみ、エレナ、さん……」


  話し声が途絶えた。僕も眠ろうか。布団に潜り込む。うん、久々のお布団だ。ふかふかで、気持がいい。すぐに眠れそうだ。



  ……くぅ、くぅ……。








  

  ………………重い。


  「……アル……」

  「……う、ううん……? キサラ……?」


  てっきりエレナかと思ったのに。


  「どいて、キサラ」

  「……はい……」


  エレナと違い、彼女はすぐに僕の上からどいてくれた。


  「エレナは?」

  「……すでに、表に……」

  「そう。じゃ、行こうか」

  「……はい……」


  キサラが微かに肩を震わせていることをあえて気付かない振りをして、僕は部屋の外にでた。 

  外に出ると、すっかり乾いた服を着たエレナがいた。


  「どうでした、アルさん? キサラさんの味は? 極上だったでしょう?」

  「あらゆる意味で、僕は彼女を食べてない」

  「んふふ~……そうですか~♪ 安心ですね~。私は、信じてましたよ~?」


  にま~っと笑いながら、彼女は言った。よく言うよ。


  「でも、お腹はすいたな。ねえ、君を食べてもいいかい?」

  「みゃっ!?」


  思わぬ反撃に、エレナは肩を跳ねさせた。


  「え、ええっと~。私、その、筋張っていて美味しくないと思いますよ?」

  「うん? 別に、そのままの意味じゃなくても君は食べれるだろう?」


  しばらく顔をまっかにしながら考えて、でも何も思いつかなかったのか、エレナは諦めたように、


  「う、うう~。ご、ごめんなさいです」


  謝罪の言葉を言った。うん、僕だけならともかくキサラ巻き込んだらダメだよ。


  「うん、いいよ」


  僕も鬼じゃないから快く許す。


  「……アル……」

  「ん、じゃ、行こうか」

  「はいです」


  僕は宿屋からでて、昨日の大通りを歩く。


  「ところで……明日になればわかると言っていたけれど?」

  「あ、それはすぐわかると思います。……ほら」


  エレナが指差したのは、この国の人たち。昨日よりも人が多く、誰もが僕らをたぎったような目で見てくる。……え。


  な、なんで、なんでなんでそんな物欲しそうな目を、僕らに向けるの!?


  「ううーん……やっぱり、予想どおりですかねぇ~。あてが外れてくれると、嬉しかったんですが……」


  エレナ、あてってなに!?


  「……ああ……やっぱり……」

  「キサラ、知ってるの!?」


  僕がたまらなくなって訊くと、キサラは躊躇いがちにも答えてくれた。


  「……多分、あの人達は……私たちを、狙ってるんだと思う……それも、性的な目的で……」

  「……はい?」


  狙ってるって、僕たちを?


  「やあやあやあ、こんにちは旅のお嬢さんたち!」


  僕が疑問を溢れさせていると、たくさんの見物人の中から、恰幅の良い男性が人ごみかきわけ現れた。彼は僕たちを商品を見るような目で見ている。その視線が、とても不快だ。


  「……あなたは?」

  「おや、容姿に似合わずハスキーな声ですな」


  失礼極まりない。


  「あ、あの、アルさん、その、落ち着いてください、ね?」

  「……大丈夫、怒ってなんかないさ」


  ただアークソードを抜こうと思ったいただけなのに、そんな、僕が怒ってるみたいな言い方はやめてほしいな。


  「おやおや、そちらのお嬢さんは声も可愛らしい。合格だ」

  「……む。アルさん、やっちゃってください」

  「……ダメ……」


  そうだよ、エレナ。君が怒ってどうするんだ。


  「ほうほう! またまた儚い印象のお嬢さんだ。大丈夫、優しくしてあげるからね」

  「……!?」


  男のねちっこい視線に怯えて、キサラは僕の背中に隠れた。


  「……で、急になんのごようです?」

  「ん、ああ。簡単なことだ。少し、この国に住んでもらえないかね?」

  「どのくらいですか?」

  「うーん。そうだな、二十年ぐらい?」

  「なぜ、そんなにも?」

  「もちろん、君たちに子供を産んでもらうためだ!」


  男は晴れ晴れとした表情でそう断言した。その顔に悪意の色はなく、ただ純粋に使命感に燃えている……そんな顔。それが逆に、僕に吐き気を催させる。


  「なっ……! なんで私たちがそんなことしなきゃいけないんですか!」

  「それは単純、この国に女がいないからだよ!」

  「なっ」


  急に語られるこの国の事情。果たして、僕は怒らずにいられるだろうか。……どうだろう。


  「この国は古くから男尊女卑が主な考えでな、そのせいか、百年ほど前に軟弱な奴らは指導者に率いられ、脱走したのだ!」

  「それで、この国には女性がいなくなった、と。自業自得です」


  逃げ出すほどって、どれだけ女性を卑しめていたんだ? ……ってそんなのは僕らに対する扱いから十分推測できるけど……。


  「違う。我々は正しいのだ。奴らが間違っているのだ。奴らは弱い。時々立ち寄る旅人をさらっても、一人も生むことなく死んでしまう!」


  ううん。さすがに虫酸が走ってきた。その言い方だとなんだか、まるで女の人が子供を産む道具みたいじゃないか。


  「と、いうわけで。お嬢さんたちにはこれから先二十年ぐらい、子供を産んでもらう。一日一人で、だいたい一人7,300人は産めるだろう。それだけ産めたら、解放するよ」

  「あ、あの〜。そ、それ、冗談、ですよね? それとも、私たちを弄びたいがための方便とか……?」

  「何を言ってる! 本気に決まってる!」

  「~~~~っ!?」


  後ろの二人は青い顔をして声にならない叫びをあげた。もし捕まったら悲惨なことになるね。なんでこんなにも知識が抜けているんだろう。……ただでさえ、女性は道具的な考えなうえに、女の人がいなくなって、彼らの知識を正す人間が百年もの間現れなかったから、彼らの中で、彼らの理屈は真実となりえたんだろう。……まったく、ひと騒がせな。


  「あ、アルさん、た、助けて……」

  「……っ……」


  まあ、言われなくても助けるよ。仲間だもんね。……というか、エレナはともかく、キサラの様子がおかしい。……もしかして。


  「キサラ、舌を噛むのはもう少しだけまってくれない?」

  「……え……」


  どうしてとめるの、といったふうな声が聞こえた。危ないなぁー。命は粗末にしちゃだめだよ?


  「では、返事をしましょう」

  「うむ」

  「まず、第一に。僕たちは旅を続けるのでここに二十年も留まっていられません」


  旅を続けないとしてもこんなところで二十年もいてたまるものか。


  「第二に、あなたたちの計算はおかしいです。どんなに早く頑張っても一人の子供が産まれるまでに一年はかかります。そんな常識も知らない情報弱者に身体を預けるわけにはいきません」


  だんだん周りが殺気立ってくる。僕はアークソードに手をかける。さっきとちがってエレナは止めなかった。少し振り返って彼女を見ると、キサラと肩を寄せ合って、地面に目を落として震えていた。……怖いんだろうね。僕だって、こんな連中怖いよ。男に目を戻す。


  「最期に。これが、僕があなたたちの申し入れを断る一番の理由なんですが……」


  断る、と言った時点で、周りの男たちが襲い掛かってきた。

  それでも僕は平静を保ちながら、アークソードを抜く。


  「……僕は、男です」


  血風が舞った。気がした。







  

  


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