第三十五話
「で、どうして君は?」
その日の夕方。少し小高い丘があり、そこの中腹に温泉が湧いていた。返り血で真っ赤の僕らが入らないという選択を選ぶはずがなく、男女わけて入ろうとしたのだけど……。
「それは、もちろん守ってもらうためですよ! 私はともかくキサラさんはまだ覚悟もできてないでしょうから、あなたが守ってあげないと!」
エレナが猛反対した。
「男と一緒に入る方が覚悟がいると思うけど?」
「……私は……」
キサラは不安そうにうつむいている。
「ほら。怖がってるじゃない。そもそも僕はキサラを連れてた四人組を皆殺しにしたんだし。仕方ないよ」
「……それはっ……」
申し訳なさそうに彼女は震える。ううん。本格的にトラウマ植え付けちゃったみたい。
「な、ならなおさらですよ! 怖がってるなら、怖くないよ、って示してあげないと!」
無理だと思うけどね。だってずっと一緒に旅してきた君でさえ怯えるほど暴れたんだから。
「……一緒に……」
「え、いいの?」
キサラは頷いた。驚いた。まさかそっちからそんなこと言ってくれるなんて。
「……まあ、君たちがそこまで言うなら、仕方ないかな」
僕は平静を装いながら、白々しくもそう言った。僕だって男だよ?こんなにもきれいな人と可こんなにも可愛い子と一緒にお風呂って……。
いやあ、役得役得。
お湯に入る。岩盤に座り、深く息を吐く。うん、疲れが吹っ飛ぶみたいだ。血まみれのまま入ったら温泉が汚れちゃうから、ちゃんとある程度は洗ってある。掛け湯、だったかな? それにもなってちょうどよかった。
「……う、うう……」
「あのさ、言出しっぺの君が躊躇ってどうするのさ。キサラはもうとっくに入ってるよ?」
意外とキサラは一緒に温泉に入るのを嫌がらなかった。何か企みでもあるのだろうか、と疑ってしまうぐらいには彼女は淡々としていた。
「わかりました、入りますよ、入ればいいんでしょ!?」
「君が言ったんだろう?」
「そうですけど、でも、まさかホントにこうなるとは……」
ようするにあれかい、エレナ。僕をからかいたかったからあんなことを言ったのかい?
「そう。じゃ、そんなことはともかく早く入っておいでよ。……それとも、一人でこの危険な荒野でお留守番しとく? ここならきっと、君が叫んでも僕たちにはまったく届かないと思うよ?」
「ひうっ! ……わかりました」
おずおずと、エレナは温泉に入った。
「……ふぃ~。気持ちいいですね……」
「そうだね。かなり疲れが取れるよ。景色はお世辞にもいいと言えないけど」
「そうですね~」
周りを見渡せば荒野が広がっている。森よりはマシだけど、もっとなにか目の保養になるようなものないかな?
「そういえばさ、キサラはどうして僕と一緒に入ろうと思ったの?」
言いつつ、彼女の体を見る。温泉は透明度が低く、お湯に浸かっているところから下は見えないけど……それでも、キサラの胸はかなりの大きさがある。って、僕が見たいのはそうじゃなくて。
「……あきらめたかった……」
「諦めたかった、ですか? なにをです?」
……彼女の体に、目立った傷は見当たらない。虐待されてた、ってわけではないみたい。それでも、下の方まではどうだかわからないけど。
なにも虐待は暴力だけではないし。
「……早く、してください……」
「君が何を期待しているのかはしらないけど、僕は君に何かをするつもりはないよ?」
キサラは首を振った。
「……不安なの……」
「不安? 僕は何もしないよ?」
「……それが、不安……」
よくわからないなぁ。無口、ってことはないんだけどそれでも口数少ないから……。
「もしかして、何されるかわからないから怖いんですか?」
キサラは頷いた。
「よくわかったね」
「私もキサラさんと同じこと、思ったことありますから」
ああ、出会ってすぐの時か。たしかにあの時のエレナは信じられないぐらい自暴自棄だったからなぁ。
「……ここで、するの……?」
「しないってば。僕は嫌がる女の子を無理矢理するのは嫌いなんだ」
「白々しいですね~」
むう。疑われてるんなあ。でも、結構原因あるんだし。それでもやっぱりそういうことは愛し合う人間同士がしないとね。
「……本当に……?」
「本当だよ。君をどうこうするともりはない。売るつもりもね」
「……でも、彼らは……」
彼らは、ってあの四人組のことだよね。ってことは、あいつらはキサラに、何かをしたってこと?
「……何をされたの?」
「アルさん、さすがにそれは」
「……私は……」
苦渋に満ちた表情で言いよどむキサラ。
「いや、やっぱり言わなくていいよ」
「……え……?」
「だってさ、君の事情を知っちゃったら、同情しちゃうかもしれないだろ? そうしてほしいなら、話すといいよ」
「……」
黙ったところを見ると、同情されたい、というわけではないみたいだね。
「……私は……」
言葉を探るようにキサラは切り出した。おや、話してくれるのかな?
「……私は、キサラ……」
「そうだね。苗字でもあるの?」
ふるふると彼女は首を振った。違うんだ。苗字は家族がいることの証明にもなるんだけどなぁ。
「……私は、奴隷……」
彼女は肩を震わせながら呟いた。
「私も」
「エレナ」
ダメだよ。愛の奴隷だとかこの子の前で言ったら、さすがにシャレにならないよ。
「……あなたも……?」
「い、いえ。わたしは、その、奴隷になりかけたところを、その、助けてもらった、と、いう……ことで……」
言葉が終盤に近づくにつれて意気消沈していく。エレナもさすがに気付いたようだ。
「……いいな……」
「!」
ぽそりと、本当につい、という感じでキサラが呟いたことで、エレナの後悔は最高潮に達した。
「あ、あの……」
「……私は、誰も……助けてくれなかったから……」
キサラはエレナを見つめる。その瞳には恨みや嫉妬はなく、ただ純粋な羨望だけが込められていた。その視線を受けているエレナは深い罪悪感にに苛まれている。
「ま、それならこれからは楽しく過ごしなよ。一応訊いて君の主人、ってことになるけど、なにも強制つもりはないから」
「……ありがとう……ございます……」
「敬語はいらないよ?」
「……そう……」
キサラは嬉しそうに顔をほころばせた。
「……で、でも、よく考えたら、ただでさえ食べ物ないのに、どうするんですか?」
あ。
「……もし、本当に危なくなったら……」
「ん?」
「……私を……」
「食べないからね」
「……なぜ……?」
心底不思議そうにキサラは首をかしげた。
「なぜ、って。君が仲間だからだよ」
「……私は、奴隷……」
「主人の僕が、仲間でいろ、と言っているんだ。それとも、君は暴力を振るってエッチなことをする主人の方がいいのかい?」
驚くことに、キサラは頷いた。え?
「……その方が……」
「安心できるから?」
キサラは躊躇いながらも頷いた。まさかそういえば僕が暴力を振るうようになるとでも思っているのだろうか。
「たとえ君がいくら不安になろうと、僕は君に暴力を振るったり理不尽なことはしない。言い方は悪いけど、疲れるからね。と、いうわけで、しばらくは不安にしていてよ」
「……そんな……」
それにしても、どうしてここまで不安になるんだろうか。
「……とにかく。僕はもう上がるから。寝る準備をしないと」
不安そうに自分の肩を抱くキサラを見ているとなんだかいたたまれなくなって、僕は無理矢理話を切りやめた。
「……まって……」
「あっ、逃げないでください!」
二人の制止の声も聞かずに、僕は温泉から上がった。




