第三十二話
「……暇ですね~」
「そうだね」
僕は旅人。
何か目的があってこうして荒野を彷徨い、国から国へと渡っているような気がするし、なんの目的もなく気の向くままに移動を楽しんでいるような気もする。
で、僕の後ろで可愛く唸っているのは、エレナ。同じく旅人。……だと思う。
故郷で親に売られ、奴隷になっていたところを僕が助けた。行くあてがないから僕について来ているだけで、望んで旅をしているわけではない。……と、思っていたのだけど。
「よく考えたらさ、どうしてついてきたの?」
「え? 私ですか?」
「うん」
このまえ両親と再会して、そっちについていくこともできたのに、この子はそれをしなかった。
「あなたにはいろいろ恩義がありますから。私、与えられた恩は一生かけて返していく主義なんで」
「犬みたいだね」
「えへへ~」
犬と言われてはにかむ女の子を僕は初めて見た。
「お父さんたちにはついていかなくていいの?」
「いいんですよ。ついていったとしても、いつ売られるかわかったものじゃありませんから」
ずいぶん疑心暗鬼だね。無理もないけど。
「一人で旅しようとか思わないの?」
「私が一人で歩いてたら、きっと三日もたたないうちに死んじゃいますよ」
「僕と歩いててもおんなじものだよ」
「アルさんとなら地獄も極楽です!」
満面の笑顔でそんな怖いこと言わないでよ。
「そういえば、聞いてなかったけど、君さ、森はどうだった?」
太古の遺跡のうちの一つ、森。
すばらしい景色だった。
「もう二度と行きたくありません」
「同感」
ま、よかったのは景色ぐらいで、それ以外は最悪だったから。
「……落ち込んでませんね、あなたは」
「どうして僕が落ち込まないといけないの?」
「えっと、それは……」
レナのことかな? しばらく前まで一緒に旅していて、森を出たと同時に別れた。告白もされていたし、返事も考えていたんだけどなぁ……。
「その、アルさん、私たちのためにたくさん、その、人を、たくさん……」
「ああ、そのこと」
そっちか。すっかり忘れていた。それにしても、そんなことを心配してくれるんだ。優しいな、エレナは。
「……ふふふ、君を抱きしめたら、少しは傷が言えるかもね?」
「えっ!?」
そして可愛らしい。からかわずにはいられない、というやつだ。
「……あ、あの、ほ、ホントに抱きしめるだけ……ですか?」
「さぁ……? もしかしたら気分が乗っちゃって、他にもいろいろしたくなるかもしれないけど……」
「う、うう……。ほ、他になにか私ができることありますか……?」
「……あるよ」
僕はエレナの耳元に口を寄せて、いくつか囁いた。
「…………っ!?」
顔を真っ赤にして、エレナは僕から大きく距離をとった。
「な、な、な、なにを……っ、なにを、私にさせる気ですか!?」
「ふふふ、言ったじゃないか。もう一回言ってあげようか?」
「も、ももももう十分です!」
「そう。で、お返事は?」
今僕は最低の人間になっていると自覚している。でもねぇ。こんな可愛らしいエレナを見れるんなら少しくらい悪くなってもいいと思う。
「……う、あ……」
だんだん声にチカラがなくなってきた。顔もどんどん紅潮していく。たぶん、エレナの中じゃ断るべきかどうかで悩んでるんだろうなあ……。
「くす。冗談だよ」
「え」
これ以上はね。やりすぎてホントに覚悟完了しちゃったらアレだし、ね。
「冗談冗談。僕があの程度で落ち込んだり罪悪感で押しつぶされると思った?」
「え、あ、はい」
エレナは僕との距離を戻して、一緒に歩く。肩が触れ合う程度の間隔しか空いてないから、この子には窮屈だろうに。僕? あはは、となりに女の子がいて喜ばない男はいないよ。
「いやー、それにしても暇だね。ご飯もないし、どうする?」
「あ、そういえば荷物向こうに没収されたままでしたね」
「そうそう。だからこれからは空腹と戦わなきゃいけない」
「ううー……。私、もう幻覚は嫌です……」
「……まあ、そればっかりは……」
なんとも言えないし。
「……あ、あの。テントとかも……」
「まあもちろん向こうだね」
「……ううー……」
ずいぶん憂鬱そうにエレナはうなる。
「ま、僕が守るから大丈夫だよ」
「でも、あなた寝ませんよね?」
「まあね。慣れてるからいいけど」
やっぱり、ついてきてくれるなら守ってあげないと。
「……すみません……こ、このお礼は、私の身体で……」
「へえ、眼球とかのスペア志願?」
「ち、違います! そういう意味じゃなくって!」
「じゃあどんな意味?」
「それはもちろん……っ。ひ、酷いですよぉ……いじわるしないでください……」
「あはは、ごめんごめん」
僕らはいつものように、荒野を歩き続ける。




