第三十一話
「ねえ、ネル」
「なんですか? 今生の別れぐらいなら、させてあげますが」
「……頼む」
「どうぞ」
体勢や構えは変わらないけど、明らかにネルから殺気が消えた。
「レナ……ごめん」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。ほ、ほんとに?」
僕は頷く。
「……だから、言ったじゃないか。ついてきてもいいことなんてないって」
「でも! まさかこんな目に遭うなんて……」
「だから、ごめん、って。ホントに、悪いと思ってる」
「わ、私、見捨てられるの?」
「……ごめん」
「そ、そんな……」
レナはがっくりとうなだれる。ネルはその様子を見て、真底嬉しそうな顔をしていた。ネルはその様子を見て、ほくそ笑んだような顔をしている。
「本当に、ごめんね。君のことは、ずっ、と!」
一瞬の隙をついて、僕はネルにナイフを投げる。
「なっ」
不意だったのか、ネルは大きく体を仰け反らせて避けた。今、レナの命を狙うものはない!
「さよなら」
一気に踏み込んで、レナに向かおうとしたネルの首を狙って斬りつける。けれど、彼が後ろに跳んでよけたせいで、狙いは大きく外れ、彼の肩口に刃は滑り込み、振り切る頃にはネルは剣を取り落としていた。
「knb……」
知らない言葉で、彼は呻く。
「さあ、もう手も足もでないだろう?どいてくれ」
「な、ナイフなどどこに……」
「対戦相手から奪った」
「!」
よほど意外だったのだろうか。彼は血が出ている肩を押さえて、うずくまった。
「……くっ」
「くす。わかってくれて、うれしいよ」
僕はレナに手を貸して立たせてあげる。それと同時に、ネルは痛みと失血で気を失った。
「大丈夫?」
「……しらないっ」
ぷいと彼女は顔をそっぽ向けた。
「私、もう知らないからっ!」
「ごめんね」
倒れるネルを僕は無視して、エレナとレナの二人を連れて、来た道……コロシアムに向かう。
来る時と違って、意外とすんなりコロシアムまで辿り着けた。もう人手がないのか、みんな逃げてしまったのか。どっちだろう。
「エレナ! ここから先は行き止まりだ!」
「お、お父さん、こっちもだめでした!」
二人はコロシアムで会うなり仲よさそうに報告しあう。
「……まあ、袋のネズミというやつですね」
「なんとかならんのか!?」
「なりますよ」
僕に突っかかってくるのは変わらないけど、なんか今の彼には、好感が持てた。
「外壁を叩き斬れば外にでられます」
「あの、いくらなんでも無茶だとおもいますが……」
「やってみなきゃわかんないよ」
ちょうど観客席には誰もいないし。緊急時だから逃げたんだろう。
「さて、と。人じゃないけど、斬りがいはあると思わない?」
「誰に喋ってるんですか?」
「うん? これ」
アークソードを構えて答える。エレナは怪訝な顔をして僕を見る。
「だ、大丈夫なの?」
「うん。君たちがいるからね」
どうもこれは人じゃないと満足しないみたいで、今すぐ斬らせろとうるさいんだ。けど、無視するよ。エレナ達を、斬りたくないからね。
「さて、と。……」
僕たちはコロシアムの外壁のそばまで歩く。外壁の高さは二メートルくらいで、その上には観客席がある。
「……やっ!」
アークソードを振るう。
すると。
「……す、すごいです……」
「すごいで済ませていいの?」
「いまはどうでもいい!」
僕らが通れるくらいの大穴が外壁に空いていた。さすが呪の剣。ある程度の超常現象は起こせるってことだね。
僕らはその穴から外に出た。森の中を走り続けて、そして。
「……外だ」
エレナの父親が言った。
森の外、荒野が広がっていた。
久々に踏みしめる地面は、どうにも居心地がいい。
「……こ、ここまできたら、もう追ってこないでしょうか……」
「さあ。でも、ここなら対処できるよ」
僕がそこまで言って初めて、エレナはふうと息をついた。
「よかったです……」
「そうだね」
エレナの両親を見る。相変わらず父親は僕に敵対心を持っているようだったし、母親は無口だ。……なんだか、お人形みたい。
「……行くぞカーサ」
それだけを言って、父親は母親を連れてすたすたと荒野を歩いて行った。
「あ、お父さん!お母さん!」
エレナの呼び止めにも、答えない。……ずいぶん薄情だな、と思ったし、お礼もなしか、とも思った。けど、ここで止まって、エレナを連れていく云々の話になったらいろいろ面倒だし嫌なので、これでもいいか。
「……ねえ」
「なに、レナ?」
「わたしも、別行動するわ」
レナが、神妙な面持ちで僕に言った。
「……どうして?」
あんまりにも急じゃないか。せっかくまた旅仲間が増えたと思っていたのに。
「私、覚悟が足りなかったと思う。あなたを信用できてなかった。……あなたがごめんと言った時、ほんとに諦めたの。それが、たまらなく悲しくて。……それに、こんなこと言ったら悪いんだけど……。ううん、やっぱり、言わない。とにかく、ここで別れましょ」
「……そんなの」
僕は君と別れたくないよ。でも、きっと、レナが僕と別れたがるのは、きっと言わなかった理由の方が、重要性が高いんだろう。……僕のことが怖くなったに違いない。
「……それに、今回のことでわたし、身にしみたわ。私は、あなたたちについていけそうもない」
ほら、やっぱり。
「……そう」
「え、納得しちゃうんですか?」
だって、無理強いはできないもの。
「楽しかったわ。短い間だったけど」
「僕もだよ」
「また、会いましょう」
「そうだね」
レナは踵を返して、エレナの両親が行った方向とは反対向きに歩き出した。
「……あ、そうだ。最後に名前、教えてくれない?」
ふと思い出したようにレナは振り返った。そう言えば、言っていなかったかな。
「アル。僕は、アルだよ」
「……ありがと、アル」
お礼を言った時にはもう、レナはふりかえることもしなかった。彼女が見えなくなるまで見送ると、気を取り直して、僕は言う。
「……さて、行こうかエレナ」
「はいです、アルさん!」
エレナは元気に返事をしてくれる。よかった。この子は、僕を怖がらないでくれる。本当にそうかはわからないけど、でも、こうしてついてきてくれる。それなら、いいんだ。
さあ、旅立とうか。




