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第二十九話

  僕はエレナの両親にいい印象をもっていない。僕が初めて二人を見たのはエレナの故郷で、その時彼らは命からがら逃げてきた娘に出ていけ、と怒鳴っていた。そもそもエレナが今僕の後ろにいるのは、彼女が知らない間に奴隷になっていたからである。そして、エレナを奴隷にしたのは他ならぬ、この二人なのだ。……彼らの事情を詳しく知らない僕としては、それを咎める気にはならない。ならないけど、いい印象を持てるかといえばもちろん否だ。


  「……おひさしぶりですね」

  「貴様のせいだ!」


  挨拶したのに、僕は怒鳴られた。


  「……言っている意味が、よくわかりませんが?」

  「貴様、エレナの主人と言っただろう! それを信じたせいで、私たちは国にいられなくなった! こんなところに迷い込む羽目になったのだ!」

 

  エレナの父親は顔を真っ赤にして怒鳴っている。

  そんなこと言われても。確かに国を追い出されるようになった原因は、僕にあるかもしれないけど、ここに来たのは間違いなく僕のせいじゃないよ。


  「たとえそうだったとして、僕に責任を取る必要はありません」

  「なくとも、エレナは返してもらおうか!」

  「……あなたのものではないでしょう」


  エレナは誰のものでもない。そんなことも、彼はわからないのだろうか。


  「……何を言っている! 子供は親の所有物だろう! そんなことよりも! 私たちは、貴様を殺せば、助かるんだ!」


  彼は小さなナイフを僕の方に向ける。……やれやれ。僕はアークソード抜いて、無造作に構える。


  「あ、あの、ま、まさかお父さんを」

  「殺すよ、もちろん」


  ここに来てから僕はかなり倫理観というものが薄れてきた。百人一首単位で殺しておいて、いまさら外道の父親を斬るくらい、なんでもない。


  「さ、はじめましょうか」

  「おお!」


  彼はナイフを腰だめに構え、僕に突進してくる。彼自身では早いつもりなんだろうけど、その走りはあくびがでるくらい遅い。


  「……」


  僕はちょっとだけアークソードを振り、ナイフをはたき落とした。彼は呆然とした表情で落としたナイフを見つめている。


  「チェックメイトです」


  彼の首にアークソードを添える。とたんに、蛇に睨まれたカエルみたいに動かなくなる。


  「……ま、まってくれ。わ、私は、エレナの、父親、だぞ」

  「ならば守ってやればよかったのに」


  本来なら、僕の後ろにエレナはいないはずだったんだ。あなたの後ろにいるべきだったんだ。なのに、あなたは。守るべき時に、守ろうとしなかった。僕のとがめるような声に、彼は眼を大きく見開いている。……こんな状況になっても、母親は一言もなし、か。……冷淡だね。


  「……だが!」

  「あなたの事情なんて知りませんよ。あなたが僕の事情に興味がないように、ね」


  彼は口をつぐんだ。やっぱり言い訳するつもりだったんだ。


  「……ま、娘のためと思って、ここはおとなしく、殺されてください」


  僕はアークソードを握り締め、そして、振りかぶる。さよなら、名前も知らない、エレナの父親。


  「やめてください!」


  !!


  僕はすんでのところで、刃を止めた。手がギチギチと痛み出す。全身がジグジグと焼け付くように痛む。


  「どうして、止めるのさ?」


  それらを無視して、僕は平静を装った。


  「や、やっぱりダメです! お、お父さんは殺さないでください!」

  「無理だ。エレナ、そこをどいて」

  「ど、どきません!」

  「斬り殺すよ?」

  「ど、どうぞご随意に!」

  「……」


  エレナは両手を広げ、両親をかばうように立ちはだかる。


  「……君は、憎くないのかい? 僕みたいなのについていかなきゃいけなくなったのは、なにより後ろの二人のせいだよ?」

  「わ、わかってます! わかってますけど……!」


  彼女は物怖じせずに僕に叫ぶ。けれど、その震える体は彼女の本心を物語っていた。


  「怖いだろ? 君だって、これに斬られたらどうなるかわかるよね?」

  「わかります、けど、怖くありません! 私が斬られるのはいいです、でも、お父さんたちは駄目です!」

  「強がらないで」

  「強がります!」


  エレナは頑固だった。どうも、僕には説得できそうにない。


  「嫌いなんじゃなかったのかい? そう言ってたよね?」

  「そうです! でも、でも、身体が勝手に動いちゃったんですからしょうがないじゃないですか!」

  「今でも、二人を守りたいの?」

  「もちろんです!」

  「……そう」


  僕は、アークソードを下げた。痛みが最高潮に達して、意識が飛びそうになる。ダメだ。もし、今気を抜いたら、次目覚めた時エレナは肉塊になる。だから、耐えろ。


  「そこまでいうのなら、しかたないね。ここの連中皆殺しにして、逃げようか」

  「え……」

  「だって、しかたないだろ? ここで殺すか、やつらを殺すか、二つに一つ。君は、どっちを選ぶ? 一人と、千人単位の人間。君は……どっちに死んでほしい?」

  「わ、わたしは……」


  悩むエレナの後ろ、彼女の父親が立ち上がった。……立ち上がった? いつしゃがんだんだ? というかなぜしゃがんだ? というかなぜ、エレナに向かっている? ……っ! しまっ


  「エレナ!」

  「きゃっ!」


  僕は力任せにエレナを抱き寄せ、エレナがいたところにアークソードを振るう。

  甲高い金属音が響いた。


  はるか高く、彼の持っていたナイフが空に舞った。


  「……あなたは、クズです」


  ここで人殺しをしていた僕が他人をどうこう言える立場ではないけど、それでも言わずにはいられなかった。


  「……お、おとう、さん……」


  彼は、最後の望みが絶たれたかかのように、目を見開いている。

 エレナの表情には、信じられないものを見るような、そう、僕とエレナが初めて出会った時のものが浮かんでいた。短的に表すのなら、失望に近い絶望。


  「……わ、私は、悪くない」

  「言い訳は結構。さようなら」


  僕はエレナを抱き寄せたまま、彼を斬ろうと、


  「だめです!」


  した腕を、彼女に止められた。


  「……どうして。君を殺そうとした人間だよ?」

  「それでも、私のお父さんです」

  「……そう」


  なんて頑ななんだろう。なんて一途なんだろう。裏切られて、裏切られたのに、未だに彼女は彼を父親と呼ぶ。僕には、とても信じられなかった。これが、愛、だろうか。


  「私は、殺されません。あなたが、守ってくれるからです。……だから、お願いです。お父さんを、殺さないで、ください……」


  どうしてここでバカみたいに呆然としてる男はこんなことを言ってくれるほどできた娘を売ったんだろう。


  「じゃあ、さ」


  どうしてエレナは気づかないんだろう。こんな父親、信じても何もいいことがないのに。……いや、むしろ命の危険が増えるだけなのに。……それだけじゃない。この子は、どうも僕に頼り切っている節がある。……そんなのは、駄目だ。仲間はほしいけど、依存されるのはごめんだ。


 ……だから、気づかせてやる。  



  

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