第二十八話
目の前に、剣士がいた。
目をギラつかせ、刀を握り、僕らを睨みつけている。
「……君は?」
「俺の名前はスラッシュ。貴様ら、名を名乗れ!」
「エレナです」
「僕は……」
名乗ろうか、名乗らまいか。それが重要というわけではないけど、こんなやつに名乗りたくないなぁ。
「ま、僕の名前なんてどうでもいいじゃないか。旅人さん、とでも呼んでよ」
そういえばエレナにも名前、教えてなかったかな?今度……そうだね、ここから出れたら教えてあげようか。
「……なめやがって」
「君こそ、さっさとかかってきなよ。なめてるの?」
だいたい、そんな風に武器を見せつけるみたいな構え方、弱さを喧伝してるようなものだよ。どうせ彼だって、そんなに強くは、っ!?
キィン、ギチィン!
金属と金属がぶつかり合う嫌な音が二回。
「……っ。なかなか速いね」
「不意打ち食らっといて余裕で対応するお前も十分速えよ!」
ナイフを投擲したあと、一瞬でこっちまで移動して攻撃してきた。この人は速さが売りなんだろうね。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫。負けないよ」
「呑気に女とおしゃべりか!ふざけんな!」
ガキィン!キィン、チィン!
彼は何度も何度も斬りつけてくる。けど、どれも僕には届かない。というか届いてたら僕はこんな呑気に考えてられない。
「なかなかやるじゃねえか!昨日とは大違いだな!」
「……昨日?」
この人とは初対面のはずだけど……?
「忘れたか?毒ナイフをくらってお前が慌てる様は見ものだったぜ!」
「……ああ、あれね」
やっと合点がいった。この人は、こいつは、昨日僕を刺した人間だったのだ。敵が見えないと思っていたら、投げナイフだったのか。
「……そんなことより。君はどうしてここに?」
「ああ!?人殺しができる村があると聞いてやってきたんだよ!」
なんだ、殺人鬼か。てっきり僕たちと同じような理由かと思って手加減してた。
「ふうん。そんな口振りだと、今まで人を殺したことがあるみたいだね?」
キシン、キシィン!
僕はわざとらしく聞いてみる。
「あたりまえだよ!お前みたいな可愛いメスガキを、いたぶって、嬲って殺してんだ!」
「随分と面白い趣味をしてるね?」
吐き気がするぐらい、素晴らしい趣味だよ。エレナはスラッシュに怯えてか、僕の後ろに隠れてしまった。うん、なんかこの状況、まるで僕がエレナを守ってるみたいだね。気合が入るよ。
「お前もわかるか!?いいよな、あの叫び声!やめて、やめて、って叫んで、助けて、助けて、って泣き喚いて!やめるわけねえのにな、助けるわけねえのにな!少しづつ削ってやったら、もっと良い声で啼くんだよな!……お前はどんなのが好きだ?」
「……僕は」
アークソード。いいかい?殺す相手はただ一人だ。わかるね?目の前で吐き気がするくらい気持悪いことほざいている下衆に、死の鉄槌を。さあ、早く。
「手足を斬ってダルマにしてもいいし、そのまま殺しても面白い!お前はどんなのがいい?」
ああ、もう。僕は女の子の叫び声と泣き声が一番苦手なんだ。可哀想になってくる。それに、人殺しもきらい、大キライ。
……でも、でも。あえて彼の質問に答えるとするのなら。
「……僕は、君みたいな下衆を殺すのが、大好きなんだ」
我ながら、最低だと思う。たとえ人でなしでも、人間なのに。僕は彼らを殺すのが、嫌いじゃない。
「なに?」
……さあ、今だ。
切り刻め!
「え、きゃっ!?」
そんなエレナの小さな悲鳴を最後に、僕は、僕は。
………。
「く、か、はっ」
手足を斬られ、血だまりに蠢く何かが、僕の目の前に転がっていた。
「……生きてる?」
「が、は、ば、バケモノ……」
生きてるみたい。珍しいな。彼が強かったのか、それとも呪が弱かったのか。多分、後者だろう。
「……少しは、気持ちがわかったかな?君にいたぶられて、嬲られた子供達の気持ちが……少しは理解できた?」
「あ、あ、わ、わかった、から……わかった、から、た、助けて……」
スラッシュだった何かは、助けを求めて呻く。
「助かるわけないよ。助けるわけないよ」
そんなに血を流して、傷口を砂で汚して、助かるわけがない。僕がこの人にできるのは、ただ一言さよならと言ってあげるくらい。
「さよなら、スラッシュ。君の冥福を祈ってるよ」
「そ、そん、な…………………」
くたり、と彼は動かなくなった。
僕は後ろを振りかえる。すると、腰を抜かしてふるふると小刻みに震えているエレナがいた。
「怖い思いしたくないなら、こなきゃいいのに」
「……し、死ぬ時は、あなたに殺される時と、き、決めてますから」
「……君も、奇特だね」
僕は、コロシアムからでようとした。きっと、今日はもう終わりだろう。そろそろ疲れたし、終わりじゃなくても、戦闘はアークソードに任せれば……
「……え」
と、その時。エレナが信じたくないものを見た時のような声をあげた。
「ん?………うそ」
僕もエレナと同じモノを見て、ああ、どうしようかと思っていた。
視線の先にいた、男女の2人組。
「お、おとう……さん……?お、おかあ……さん……?」
つまり、エレナの父親と母親、だった。




