第二十六話
「……ごめんね」
結局、僕はまた牢に戻された。たくさんの人間を殺してコロシアムを血の海内臓の海にしたにも関わらず、僕にはなんのお咎めも、なんの謗りも受けなかった。彼らが死刑囚だったから許されたのか、ただ単に僕が怖くなったのか。そのどちらでも僕は構いやしない。
自分の牢屋にいても何もすることはないので、僕はエレナの牢屋に来ていた。
「謝らないでください。私たちを守るために必要なことなんでしょ?」
そうだよ。そうだけど、もしかしたらそうじゃないかもしれないんだよ。
「……僕が好きで守ってるだけで、彼らが死んだのは、君たちのせいじゃない」
「……やっぱり、あなたにはお見通しですか?」
まあね。さっきからすごく落ち込んでたから、気になったんだ。
「自分のせいでたくさんの人が死んだ、なんて思わないでよ」
「……無理です」
どうしてだろう。たしかに僕は守ると言ったけど、それは僕が好きでやっているだけで、この子にはなんの落ち度もないのに。
「無理です。無理ですよ。確かに、あなたはそういう風に言ってくれます。でも……あなたが私たちを、私を守ろうとしなければ、あの人達は……」
「……自分を責めても仕方ないよ。ちなみに、僕は君が泣いて殺してくれ、って言っても、守るつもりだから。だから、死に逃げようとしても、意味ないよ」
「……あの、それって、どんな状況でも、ですか……」
「もちろん。末期の病気にかかって苦痛のあまりのたうちまわることになったとしても、だ」
「そこは優しく殺してくださいよ……」
「いやだね」
僕は力強く言う。エレナに絶望して欲しくない。エレナには、辛い思いをしてほしくない。
「なんでそんなに躍起になって私を守ろうとするんです?別に、奴隷の娘なんて、ほっとけばいいじゃないですか」
ずいぶん自棄になってるなあ。そんなに嫌な光景だったのかな?
「放っておくなんて、僕にはできないよ。君は、僕の仲間なんだから」
「……納得はしました。けど、納得できません」
ずいぶん矛盾した言い方だね。
「理屈では納得できます。でも、なんか釈然としません。あなたって、本当に天然ですね」
「う、ううん……?」
絶望はしなくなったけど、今度は不機嫌になったぞ……?
「なにずっと私のところに入り浸ってるんですか?早くレナさんのところにいってあげてくださいよきっと、怯えていると思いますよ?」
「……そうだね」
僕はエレナに強くおされ、レナの牢屋にいくことにした。元気にしてるかな、レナは。
「ひっ……」
まぁ、当然の如く、全然元気じゃなかった。僕が来るなり怯えて牢屋の奥に後ずさった。……これ、自然で悪意がない分、かなりショックだよね。
「レナ、大丈夫?」
「は、はい、だ、大丈夫です」
僕はいつも通りに話しかけるけど、レナは怯えきっちゃってる。そんなに怖かったかな。
「レナ、怖かった?」
「だ、大丈夫です、あ、あなたが、ま、守ってくれたから……」
「……そんなに僕、怖かった?」
戦闘はほとんど、というかなんにも覚えてないから自分が何をしたのかまったく覚えてないんだよなぁ。だから、レナに斬りかかった、と言われても僕はそれを疑わないだろう。
「……………は、はい」
おっかなびっくり、僕の顔色を伺いながら、レナはそう答えた。
「僕、さっき斬りかかったりした?」
ふるふると力なくレナは首を振った。
「……あ、あの」
「なに?」
「あの、覚えていないん……ですか?」
ううん。……まあ、答えるけど。
「そうだよ。……あのさ、敬語やめてよ」
なんか、むずかゆいのと、それから明らかに避けられてる感じがしてやだ。まあ、レナにしてみれば避けれるんなら避けたいんだろうけど。
「はい……。違った、うん。……覚えてないの?なんで?」
シャリ。
僕はアークソードを抜く。
斬られると思ったのか、レナは数歩下がろうとして、下がるのをやめた。
「……どうしたの?」
「諦めるわ。ここでじゃなくても、私、あなたに命握られてるもの。あなたが私を殺そうとしたのなら、ここで助かっても、次は絶対助からないわ」
なんか、どうもレナのなかでは僕は人を殺そうと決めたらとことんやる人間だと思われてるみたいだ。そんなことないんだけど。
「……まあ、とにかく。これはアークソード、っていって、僕が昔見つけた剣なんだよ」
アークソードを持つ手にズキズキと痛みが走る。こいつは、暴れるときは好き勝手させてくれるクセに、抵抗しようとしたらとたんに牙をむく。
「それが、どうかしたの?」
「これね、アークソード、って僕が名付けたんだ」
もしそのままの名前だったら、きっとこうも人前に見せれる物ではない。
「……もとの名前って、なんだったんですか?」
「それはね」
僕はアークソードをしまって、久しぶりに、これの本当の名前を口にした。
「カースソード。過去一万の人間を屠ってきた、呪の剣だよ」
ズクリ……。
名前を呼ばれて歓喜したように、手の痛みが強まった。




