第二十五話
「よく眠れましたか?今日は頑張ってもらわないといけませんから、睡眠不足はいただけませんね」
「眠れたよ。僕は大丈夫」
眠れないまま迎えた朝、僕はネルに連れてこられて小さな部屋にいる。
やはり部屋の材質はコンクリートだが、牢屋とは違って、この部屋にはベンチ一つ、それだけしかなかった。牢屋に続く扉と、あともう二つ、扉があった。
「ここは?」
「控え室です。コロシアムは広いですから、控え室でもこれぐらいの広さを持つんですよ」
なんだか遺跡の存在を鼻にかけたような口調だった。
「このコロシアム……遺産だよね?」
「ええ、そうですよ。過去の偉大な、科学と魔法の結晶です!すばらしい!鬱陶しい森なんかとは違って、なんて壮大なんだ!……そうは思いませんか?」
「僕にとっては、……いえ、そうですね」
僕にとっては森も十分遺跡だ。とは、言えなかった。機嫌を損ねてもいみはない。
「ふふふ、では、キリキリ戦ってもらいましょうか!最初の相手は我が村一の犯罪者、ユノです」
「君の村の人と?」
たしか、この戦闘は殺してもいいんだよね?それとも、ただの小手調べだから、殺すな、ってこと?
「ええ。百の死体をただ力試しのためだけに作り上げた、怖るべき人間です。死罪は免れませんが、何分実行する人間がいなくて」
「死刑執行人になれと?」
「ええ。不服ですか?」
「まさか。……同じような人がいるなら、一緒にコロシアムに出してよ」
「バトルロイヤルにするつもりですか?認めませんよ?」
「違うよ」
死刑執行人になれ?いいよ、なってあげる。だから、あの子たちに、手を出さないで。
「僕が一人で、そいつらと戦うよ」
ネルの視線が、怯えたものになった。
「……は、はい」
ネルはそのまま、アークソードを置いて、右の扉……多分スタッフ用だあろう扉から、控え室を出ていった。
「護るんだ」
あの子たちを。
「守らなきゃ」
あの二人を。
「……」
覚悟はできた。殺す覚悟も、殺される覚悟も。だから。
「……皆殺しだ」
アークソードを手に、僕は待つ。敵と相対する時を。
「……あなたの要望通り、囚人全てを、コロシアムに集めました。……では、ご武運を。ちなみに、一回でも負けたら、お二人の命はないと思ってください」
「わかってる」
ネルが扉を開けて、僕に行くよう促す。僕は逆らわずに、扉の向こうへ進む。
殺されるかも、とはなぜか思わない。殺される気が、まるでしなかった。なぜか、アークソードを握り締めた時から、勇気が、覚悟が、溢れ湧いて出る。
「行ってきます。お楽しみを、と伝えてよ」
「誰にです?」
ネルが扉を閉めて、僕の退路を絶とうとする時、僕はふと思いついて声をかけた。
「僕の戦闘を見物する人たちに」
どうせ、見世物にでもするつもりなんだろう。猿回しの猿になってあげる。だから、後悔しないでよ?
「……わかりました」
僕を、選んだことを。
コロシアムに入った。かなり広く、一面砂と土。離れたところにたくさんの人影……彼らが、戦闘相手だろう。それにしても、地面が一日も離れていないのに妙に懐かしく感じる。荒野を延々歩くのは嫌だ、と思っていたのに、実際離れてみるとこうも懐かしく感じるなんて。
コロシアムの周りには、観客席だろうスペースがあり、そこには人がすし詰め状態で座っている。こんなにも人がいるなんて、思いもしなかった。
「〒・$¥・<÷€€÷3>・〆+〒¥+○☆♪→!!」
「÷〒・%$$°=×\^々÷○!?」
言葉が通じない、というのはひどく煩わしい。だって、脅すことも、騙すこともできない。成正攻法で行くしかなくなる。だから、嫌だよ。
「……ごめん」
僕はアークソードを握る手に力を込めた。さあ、アークソード。いつもと同じ命令だ。絶対に、絶対に……
絶対に、容赦するな。
僕はアークソードを振りかぶった。
僕が覚えているのは……そこまでだ。
何人も、倒れている。たくさんいて、いっぱいの歓声をあげていた人たちも、黙りこくって僕を見ている。まるで賞品のように飾り立てられたエレナ達も、僕を見ている。
皆が一様に、僕を恐れてる。
「ネル」
僕は彼の名前を呼ぶ。離れてるけど、静かだからあまり大きな声でなくともよく通る。
「……な、なんですか」
ネルの声は、怯えているようだった。その表情には、とんでもないのを連れてきてしまった、と書かれていた。
「僕は、合格?」
「はい?」
「僕は、君たちを楽しませれた?エレナ達に手を出さない?」
「も、もちろんですとも。あ、あなたは十分、私たちを楽しませてくれました……」
「うん、でも、まだ足りないよ」
「え?」
「まだ、まだまだ足りないよ。もっといるんでしょう?わかります。あの壁の向こうに、敵がいる。さあ、彼らを出してください。僕は戦う。僕は殺す。だから、早く」
アークソードが、喚くんだ。殺せって、殺し尽くせって。
「早くしないと……暴れるよ?」
「い、いいんですか、こ、この二人がどうなっても」
「どうでもいい」
僕が即答したのをみて、ネルは大きくたじろいだ。敵はどこ。早く、早く。
「し、正気に戻ってください!わ、私たちを守ってくれるって、言ったじゃないですかっ!」
その声が、僕を現実に、というかアークソードから引き戻してくれた。
「………僕は、なんてことを」
真っ赤に染まった全身と、地面をみて呟く。僕は、なんてことを。やりすぎた。やりすぎてしまった。僕は、僕は。
もう二度と、あの声には耳を貸さないと、決めていたのに……。




