第二十三話
暗い天井を見上げてどれほどたったろう。
体もある程度……戦闘こそできないものの、普段どおりに歩けるようはなった。
けれど、今の状況から言って戦闘ができなければ、全く意味はない。あの二人を、守れない。そんなのは、嫌だ。
「……なんとかしないと」
でもどうやって?武器は当たり前みたいに取り上げられてるし。
「おーい!」
「……なんですか?」
僕が呼ぶと、音もなくネルが鉄格子の向こうに表れた。まさかとは思うけど、逃げようとしたところを押さえるつもりだったのだろうか?
「彼女たちと会いたい」
「わかりました。では、ついてきてください」
彼は牢屋の入り口の前でカチャカチャとなにやら動かすと、扉が開いた。
ネルがついてこいというように手招きする。
「逃げようとは思わないことです。あなたに片方を見捨てる勇気があるのなら、何も言いませんが」
「何も言わずにズドン、だろう?」
「よくおわかりで」
カツ、カツ、カツ……。
コツ、コツ、コツ……。
僕とネル、二人の足音が地面に響く。コンクリートという材質でできた、狭い四角の廊下が続く。そこをしばらく行くと、これみよがしに分かれ道が。
「右の牢屋が囚人壱号……茶色の髪の方です。左の牢屋が黒髪の方になっています。ちなみに言うと、私以外に扉を開ける方法を知る人間はいません」
「……どうして?」
「それはですね」
クックックと真底バカにしたような笑みを浮かべて、ネルは言う。
「外の言葉を使えるのは僕だけだからですよ」
「だからなんです?」
「遺跡の文献を読めるのは、私だけです。そして、他の旅人たちと話せるのも、私だけ。……それが何を意味するか、わかります?」
「……さあ?」
遺産時代の言語は僕らが今使っているものと変わりないと言われている。ネルの国の言語は特殊で、僕らが使う言語との共通点はなきに等しい。
「私の地位が上がる、ということです。今や旅人に対する権限は村長以上です、これほど楽しいことがあるでしょうか!」
「どうして旅人を好きにしたいの?」
だからこうして、ネルは牢屋番を一人でできるのだろう。牢の中の人間を生かすも殺すもネル次第、か。ぞっとしないな。
「それはですね。娯楽の一環ですよ」
「娯楽?」
「他人が真剣に殺し合う姿とは、存外面白いものですよ?」
「あ、そう」
とことん嫌な奴だな、この人は。戦わされる方にとったらもっと嫌な奴だ。
「……では、僕は右を選びます」
「そうですか。では、ごゆるりと……」
意外にも制限時間も設けず、ネルは僕を見送った。逃げれるものならにげてみろ、という挑発だろうか。もしそうだとしても乗る気はないけどね。
さて、と。どうするか……。
僕は今後の振る舞いを考えながら、エレナの牢屋に向かっていった。
「……やあ、エレナ。元気かい?」
「元気とかげんきじゃないとかじゃありませんよ!」
牢屋越しに再開。エレナの性格上泣いて喜んでくれるかと思ってたら、真っ先に怒られた。
「あなた、し、死んじゃったかと思ったんですよ!?だ、だって、血が、血がいっぱい……」
あの時の光景を思い出したのか、エレナは青い顔をした。本人が目の前でピンピンしてるのにね。
「僕よりも君だよ。何もされなかった?」
「怪我があるように見えます?」
「ないね」
「なら大丈夫ですよ!」
いや、僕は怪我がうんぬんよりも、精神的なものを言いたかったんだけど……。
「ちなみに、貞操も大丈夫です!ちゃんとあなたのために残してます!」
「……」
なんで僕のために守ってるんだ。
「あれ、お気に召しませんでした?」
「あのね……。君は女の子なんだから、そういうことを冗談でも男に言わないほうがいい。勘違いされちゃうよ?」
「え~。でも……」
「前も言ったように、男はみんなオオカミなんだから」
もしかしたらそれよりももっと獰猛な動物かもしれない。
「……あなたも、ですか?」
「もちろん、僕だって例外じゃないさ」
「そうですか……」
ちょっと怖がらせちゃったかもしれないけど、まあ、自覚してもらえたらいい。
「……ところで、私のことですが……」
「どうしたの?」
「あの、ここから出られるんでしょうか?」
ううん。どうしようかな。ここで出られるよ、とか言って希望を与えて、もし僕が勝てなかったらかわいそうだし、そもそもそういう話題は避けたい。聞き耳立てられてるかもしれないからね。
「どうだろう?」
「もうひとつ質問ですが、なぜあなたは当たり前みたいに私の前にいるんですか?」
え、そこから?
「どうしてそんな事訊くの?」
「どうしてって、なにいってるんですか!私は牢屋なのになんであなたは見張りもなしに私の前に……」
「実は彼らの仲間になったんだ」
「……え」
ずさりと、エレナは後ずさった。
「冗談だよ」
そう言ってみるけど、エレナは近寄ろうとはしなかった。まあ仕方ないね。
「それくらいの警戒で普通ぐらいだよ。あんまりにも不用心だからね、忠告の意味も込めて、ね」
「あなたもっともらしいこと言って私のことからかいたかっただけなんじゃ……?」
「あはは、バレたか」
「バレたか、じゃないですよ!どれだけ不安だったと思ってるんですか!」
「殺されるかもしれない、って?」
「私はどうでもいいんです、あなたが死んでしまったら、死んでいたらどうしよう、ってずっと不安で……怖かったんですよ……」
随分と心配されていたみたいだね。悪いことしちゃったな。
「大丈夫だよ、エレナ。心配しなくても、君は、君たちは僕が守るから」
僕は胸に誓いを新たにすると、エレナに別れを告げて、ネルのところに戻る。
「……私、ずっと待ってますから……」
そんな彼女の不安そうな声を背に。




