第二十二話
闇が、見えた。
剣があった。慣れ親しんだ剣……アークソード。
闇がそれを包んだ。まるで食むように、闇は蠢く。
……やめて……
僕は闇に手を伸ばす。
嘲笑うかのように闇は濃くなり、剣はより一層見えにくくなる。見失いそうになる。
……必要なんだ……あの子達を守るために、護るために必要なんだ……
僕の脳裏に二人の姿がはっきりと映る。茶色の髪、茶色の瞳をもった可愛らしい女の子、エレナ。黒髪で、黒い瞳の美人な女性、レナ。
……護らなきゃ。あの二人を、二人とも……
闇をかきわけ、僕は剣に手を伸ばす。届かない。あと少しなのに、届かない。
……もう絶対につらい思いをさせたくない。だから、だから。今、今こそ必要なんだ……
剣が。力が。技が、心が、命が、体が、必要なんだ。なのに、なのに。
……助けなきゃ。護らなきゃいけないのに!どうして僕の手は、剣を掴めないんだ……
闇をかきわけて、進み、手を伸ばす。
……届け。届いてくれ。護るために、必要なんだ……
あと少し。あと数ミリ。それなのに、どうしても、どうやっても剣に届かない。
……必要なんだ。護るために……
闇は何も言いはしない。けれど、お前に守れはしないと言われているような気がした。
……守れるかどうかは、関係ないんだ……
闇の圧力が、少しだけ減った。あと、一ミリ。
……僕は、あの二人を……
あと、ちょっと。
……護りたいんだ……
手が、剣に届いた。
「……エレナっ!」
がばりと、身を起こした。
途端に全身が痛みだした。
「ぐっ……」
あまりの痛みに、僕は体を起こすことを諦める。冷たい地面……いや、もっと硬い何かの感触が背中一面を包む。
手を触れるとひんやりと冷たく、指で押しても少しもへこまない。
「……エレナ達、大丈夫かな……」
小さく呟きながら、地面を探る。石にしては綺麗すぎるし、踏み固めた地面と言うには固すぎる。
「どうでもいいけど」
地面のことより、今はエレナ達のことなんだけど……この激痛をなんとかしなければ。それよりも、僕よく生きていたな。確実に死んだと思っていたのだけれど。
とかなんとか思っていると、足音が響いた。
カッ、カッ、カッ……。
硬質な音で、感覚は短い。
「お目覚めになられたようで。毒消しが効いてよかったですね」
「……通訳の人か」
つっけどんに、僕は言う。エレナ達がどこにいるかわからない以上、友好的にして少しでも情報を引き出すべきなんだろうけど、たとえ偽りだとしても友好的な感情は持てなかった。
「通訳の人などと。私にはネルという名前があります。……あなたは?」
「君に教えるような名前は持ち合わせていない。エレナ達はどこだ?」
「墓の下……」
「なんだとっ……!」
「に、御招待するつもりです、と言おうと思ったのですが」
「どっちにしろ最悪だっ!」
ニタニタと嫌な笑顔を僕に向けながら、通訳の青年、ネルは嫌がらせをするようにしゃべる。
「まだ生きているんだな?」
「ええ、もちろんです。しかしですね、あなたの態度次第で彼女たちの運命は変わります。女の子二人の命を握ってる感覚、どうです?ゾクゾクしてきませんか?」
「しないっ!君と一緒にしないでくれ!」
ゾクゾクなんてするもんか!さっきから冷や汗ばかりが出てくる。早くなんとかして二人を助けないと……。
「頼みごとがあるのですよ」
「なんだ?」
また死ねとかいうんじゃないだろうな?そういう皮肉を込めて、睨みつける。
「人を殺していただきたいのですよ」
「……なんだって?」
僕は我が耳を疑った。
「気付いているとは思いますが、ここは遺跡です」
「……」
「コンクリート、という材質で作られた建物……コロシアム、というそうです」
「それがどうした?」
「実は我々、コロシアムの存在意義も目的もわかっているのですが……いまいち、いい人材がいないのですよ」
「なにがいいたい?」
「あなたには、殺し合いをしていただきます」
「……」
殺し合い?誰と?まさか、エレナたちと?
「あの二人は、あなたが万一にも勝利したときの景品です。……つまり、あの二人を助けたければ、何も考えずにコロシアム……いえ、闘技場で相手を殺せばよいのです」
「……」
つまり、コロシアムで戦って勝てば、あの二人を返してもらえる……のか?でも、でも……
「迷っておられるようで。ちなみにこれは最後通告でもあります。あなたが首を縦に振らないようであれば、あのお二人は墓の下に移動していただくことになります」
「……っ!わかった、戦う……」
「ありがとうございます。……面会くらいは、許して差し上げましょう。ただし、一人づつ、ですが」
逃がすつもりはないということか。
「……ふふ、では、楽しませてくださいよ……?」
コツ、コツ、コツ……
硬質の音を響かせて、ネルは去っていった。
……っく。こうするしか、なかったんだ。こうしなきゃ。二人が……。
僕は動かない体を震わせながら、何度も何度も、自分に言い聞かせるようにそう思った。




