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第二十話

  緑と茶色。それが森の色だった。


  今まで砂色の大地しか歩いたことのない僕にとって、このたくさんの自然溢れる森は、物珍しくて仕方がない。いつもなら煩わしく感じるギャアキャアとうるさくわめく動物の声さえ、感慨深かく感じる。


  「うーん、これが森かぁ……」

  「うわ、地面が柔らかいです!」

  「あ、歩きにくい……」


  三者三様の反応。確かに地面は柔らかいし、歩きにくい。けど、まぁそれも風情かな、と思えるほど今の僕は寛容だった。


  「レナ、昨日のことだけど」

  「……な、なにかしら」


  この際だ。昨日考えた結論を言っておこうかな。


  「僕は、君を」

  「あ、二人とも、見てください!」


  あと少し、というところでエレナが叫んだ。


  「なに、エレナ?」

  「い、今すっごく大きな顔をした人が木の向こうからこっちを見てました!」


  大きな顔?

  不思議に思って僕はエレナが指す方向を見る。


  「何も、誰もいないよ?」

  「あんたの幻覚だったんじゃない?」

  「で、でも!た、たしかに私は見ました!すっごく大きな顔をした人たちが、私たちのことを睨んでで……」

  「幻覚よ。こんな森に人がいるはずないわ」


  ……そうかな?僕は灼熱の砂漠に居を構える人たちを見たことあるし、いないとは言い切れない。幻覚は追い詰められた時にしか見えないから、幻覚でもないだろう。

  ……と、いうことは。大きな顔の人間は確実にいたということになる。……監視されてるの、かな?


  「そうだよエレナ。こんなところに人がいるはずない。幻覚か、見間違いだよ」

  「そうですか……?」

  「そうよ。……さ、いきましょう」

  「……そうだね」


  僕は足を早めた。僕が気付いたことに、気付かせないようにするために。

  

  「ねえ、エレナ」

  「なんですか?」

  「君、目もいいのかい?」


  この森はとても鬱蒼としているから、隠れている人間なんて見ようと思ってみれるものじゃない。エレナは体力だけでなく視力も優れているのかな?


  「はいです~。ちなみに耳もいいんですよ?」

  「へえ。ちなみにどれくらい?」

  「そうですね~。故郷で試した時は、十メートル先にいる人の内緒話が聞き取れましたよ?」

  「そ、そうなんだ……」


  暗殺者みたいな耳だな。とは思っても言わなかった。傷つけたくないからね。からかうのと傷つけるのとは違うんだ。


  「ふうん。あんたそんなポワポワしてるくせに意外とハイスペックね?」

  「そうですか?故郷じゃ普通ですよ?」

  「……あんたの故郷にすごく興味が出てきたわ」

  「女の人が行くような場所じゃありませんよ~。自分の娘でもお金欲しさに売っぱらうような国ですから」


  笑顔でエレナは言ったけど、目は笑っていなかった。


  「……エレナ、一度訊きたかったんだけど」

  「なんですか?」

  「君さ、お父さんのことどう思ってるの?」


  聞いてから、しまった、と思った。


  「恨んでます。憎んでます。嫌いです。……これでいいですか?」

  「う、うん。ごめん……」


  悲しそうでもなく、怒っているでもない彼女に、僕は自然と謝っていた。


  「いろいろあるみたいね、あなたたち」


  レナはエレナを哀れむような目で見た。


  「レナの話も、聞かせてほしいな。君は、どうして子供のころから行商人をやっていたの?」

  「それは……」


  レナが話し始めようとした時。僕は異変に気付いた。


  気配が、する。


  「二人とも、少し静かにして」

  「え、なんで?私今から話そうと思ったところよ!?」

  「いいから」


  僕は気配を探っていく。一……三……十……三十か。多いな……。

  これだけこれ見よがしに気配を……いや、もっと言えば殺気を放ってきているんだ、もう隠れる気はないということか。


  「でてきてくださいますか?僕はもうあなた方に気付いています」


  少し大きな声で、僕は言った。


  「え、あなた、なに言って」

  「いいから黙っていてください。私たちの命がかかっているかもしれないんですよ?」


  さすがエレナ。身の危険には敏感だね。


  「でてこないなら、こちらから行きます。いいですか?」


  僕はそう言って、一歩踏み出す。すると、木々の向こうがガサリと揺れた。


  ガサリ、ガサリ、ガサリガサリガサリガサリガサリガサリガサリ……。


  「☆$*+€°<〆×¥$÷€>÷%・♪¥÷々〆々××〆々\\=^÷!?」


  聞きなれない言葉がたくさん森にこだました。……なんだ?


  「貴様らはなんだ、と隊長は申しております」


  カサ……と、他の気配よりも少しだけ上品な気配が、そう言いながら僕らの前に姿を表した。


  僕らの前に姿を表したのは、人間の男だった。年は二十歳ぐらい、褐色の肌に、緑の瞳。顔は整っていて、すっきりとしている。服装はこんな森の中だというのになぜかスーツで、肩には大きなお面をかけていて、まるで盾のようだった。

 


  「……さっき聞こえたのは、なに?」

  「¥€$○♪→☆♪#%°<+$÷*○・>=<×¥♪☆→€#%/!!!」


  僕が訊くと、がなり立てるように、また音が響いた。


  「……質問に答えろ、と隊長は申しております。……¥€°<・×¥♪☆→○÷$€」


  彼は遠くの気配に向かって弁明するように意味のわからない言葉を使った。


  「€#>+・¥→#+○♪☆♪€¥$€=<×+*€¥€?」

  「@;:」

  「%♪¥,+^<¥○☆〒#×」

  「¥€#……隊長はあなたたちが我々の言葉を知らないことを理解なされました。では質問に答えていただきたい。あなたたちは、なんですか?」


  彼はどうも通訳みたいな仕事をしているみたいだ。


  「僕らは旅人です」

  「……そうですか。なら、我らの集落に来ていただきたい」

  「どうして?」

  「我らの領域に足を踏み入れた者は、我らの村へと招待する掟ですので」

  「……断ったら?」

  「あなたたちには、この地で眠っていただくことになります。……永遠に」

 

  掟、ね。


  「エレナ、レナ、どうする?ついていかなきゃここで殺す、って言ってるよ?」

  「ついていきましょう!」

  「逃げようよ!」


  意見が別れたね。どうしようか。


  「ちなみに、あまりに長く悩まれるようでしたら、拒否とみなして即座に攻撃にうつりますが?」

  「だってさ。じゃ、いこうか」

  

  僕は結局、彼らについて行くことにした。


  「な、なんでよ!」


  やっぱりというかなんというか、レナがそう言ってきた。

  

  「だって逃げようとしたら殺されそうなんだもん」

  「あなたなら周りにいる連中ぐらい、やっつけられるでしょ!?」

  「無理だよ。三十人もいるもの。いくら僕でも、姿の見えない敵を切る事はできないよ」

  「……そんなぁ……」


  がっくりとレナはうなだれた。


  「……じゃ、ついていくって後ろの人たちに伝えて?」

  「わかりました。……€%・+→¥$#<$・×……」


  言いながら、彼は森の中を進んでいく。彼らの村に向かっていっているのだろう。

  

  「二人とも、大丈夫?」


  体力もつかな、と思ったので、僕の後ろに所在なさげについてきている二人に訊いてみる。


  「体力は大丈夫ですけど……」

  「………疲れた」


  二人とも精神的につらいみたいだね。まあ、たしかに誰とも知らない人たちにどことも知らない場所に連れていかれるんだ、不安なのはわかるけど……


  「大丈夫。きっと大丈夫だよ」


  君たちは僕が守る。そう面と向かっては言えないけど、僕はそう励ましてみた。


   

   

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