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第二話

  歩いて暫く。

  エレナの後をついて行くと、すぐに城壁が見えてきた。

  

  まあ、そんなに離れてるとも思わなかったし、どちらかと言えば遠かったほうかな。


  女の子の足だし、国から逃げてきたとしてもそう長くは逃げれないものだと思っていたけど、エレナはなかなか持久力がある。


  「あれです」

  「まあ、見ればわかるね。……でも、随分と大きな国だね?」

  「大きいだけですよ。……中にいる人達は、ぜんぜんです」


  なんだか、エレナの口調は謙遜とか、そう言ったものではないような気がした。

  よく考えたら当たり前か、自分を追い回した人間がいる国に愛着なんて、もてるわけがない。たとえその国が生まれ故郷だとしても。……と言っても、これは旅人の僕の見解であって、また他に何か理由があるのかも、しれないね。


  「さ、行こうか」

  「あ、あの」

  「なに?」


  さっきから心なしか歩く速度が遅くなっているね。何か帰りを渋るような理由があるのかな?


  「こ、このまま旅しません?せ、せっかく手に入った奴隷を手放すのは惜しいですよね?」

  「君にそれだけの価値があるの?」


  かなり意地がわるい言い方になっちゃたな。……でも、訂正はしないよ。


  「あ、え、その、私を助けるために手を汚したのに、何もおいしいところがないと損した気分になりませんか?」

  「ならないね。手を汚すのなんていつものことだし、美味しいところなんて別にいらないよ」


  僕が言うと目に見えてがっくりと肩を落とすエレナに、さすがにやりすぎたかな、と思わなくもない。


  「……どっちにしろ、食料がもうないんだ。補給しなきゃ君も僕も、一週間後には餓死だよ」

  「うう……」


  ちょっとズルい気もするけど、まあこれで納得してくれたかな?


  「うう……嫌だなあ……」


  そんなわけないよね。

  ま、気にせず進もう。久々にご飯が食べられるといいけど。










   「君がさっき言ってた意味がようやくわかった気がするよ」

  「ありがとうございます……でも、できるならわかって欲しくなかったかも、です」


  気持ちはわかる。

  

  僕たちはエレナの故郷に来たのだけれど……あまり来たい場所ではないなぁ。


  なんて言うか、僕は治安が悪いだとか、ひたすら貧乏だとか、そういうのを想像していたのだけれど、実際は違った。


  治安はよさそうだし、いい感じに繁栄していて、賑わっていることは賑わってるんだけど……ねぇ?


  「ここが、まさかそうだったなんてね……」

  「え、何がですか?」

  「この前出会った旅人に聞いた話なんだけど、地上の楽園のような国がある、んだってさ」

  「ここが楽園、ですか」


  げんなりとした表情で言うエレナはきっと、男に呆れているに違いないね。


  「まあ、あの人は色狂いたから」

 「……」


  それも僕は男だ、って言ったのにも関わらず関係を迫ってくるような真性の、ね。何度斬り殺してやろうかと思ったことか……


  「まあ、早く食料補給しようか」

  「……そう、ですね」


  僕たちは昼間だと言うのに明るく輝くネオンの海に、食料を探しに入っていった。









  歓楽国、アプレジャー。


  男にとっては楽園、女にとっては住みにくい、歓楽街が国家経営の八割を占める大国である。



  ……やれやれだよ。







  「私、食べられちゃうんですね、やっぱり男性は狼なんですね……」

  「早とちりしないでよ。僕は君をどうこうしようとは思ってないから」


  近くにあった宿泊施設にチェックインして部屋に入るなり、エレナはぶつぶつと何か言い始めた。

 結局食事を済ませるだけで食料の調達は無理だった。入国したところから商店街までは驚くほど遠く、戦闘をした後の僕も、逃げて来たエレナもそこまで行く気力がなかった。買い物は明日以降に持ち越しになった。


  「ここ、ラブホテルですよ⁉なんでよりにもよってこんなところに……!」

  「ラブホテル?なんだいそれ?」

  

  安い宿だからすぐにとびついたのだけれど……まずかったかな?


  「そ、そんなの、私から言えるわけないじゃないですか!」

  「そんなにまずいところにはいったの?……仕方ないな、別の宿にするか……」

  「え?いや、そこまでする必要は……」

  「それならなんでここ嫌なの?」

  

  「いえ、別に嫌とは言ってませんが……」

  「顔に書いてあるよ」


  もう全身からオーラも出てるしね。まるわかりだよ。


  「えっと、その、ここって、その、男女の営みをするための宿でして……」


  なっとく。


  「家でやればいいじゃないか、そんなこと。やましいことでもあるのかな?」

  「子供がいるおうちとか、若い恋人同士とかがよく使うみたいですよ?」


  さらに納得。なるほどね。


  「……ま、それのおかげで安くなるなら儲けものだね」

  「そうです、ね……」


  しょんぼりと肩を落とすところをみると、やっぱり僕とは来たくなかったんだろうな。恋人同士がくるところならなおさら、か。


  「……疲れただろう?今日はもう寝たら?」

  「……はい、そうさせてもらいます……」

  

  エレナはフカフカのベッドに倒れこむように横になると、すぐに寝息を立て始めた。


  よっぽど疲れていたんだろうな。当たり前と言えば、当たり前なのかも。


  追いかけ回されて、国を飛び出して、知らない男が助けてくれたものの、そいつは狼で……と来たものだからね、これで疲れなかったら人間離れしてるよ。


  さらさらと、エレナの茶色の髪を撫でる。指通りがよく、なんだかいけない気分になってくる。


  何もしないけどね。


  ……ただ、ひとつだけ気になることがある。この国、血まみれの僕にもなんの疑問も抱かないのだろうか?


  もうシャワーを浴びたし、洗濯もしたから今は普通だけど、入国時は殺人鬼もかくや、っていう格好だったはずなのに。


  ……なにかありそうだな。エレナがどうして追いかけられていたのかも気になるし……。


  「よい夢を……エレナ」


  僕はエレナの髪から手を離すと、彼女の隣に横になる。


  朝起きたら大騒ぎするだろうなぁ……


  そんな予想をしながら、僕は目を閉じた。


  僕だって疲れていたのだろう、意外とはやく眠りにつけた。

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