第十八話
どれくらい経っただろう?
夜空に輝く星々は一層その光を増し、荘厳な風景を形作っている。森の中の動物たちの微かな鳴き声のみが響き渡る、静かな空間。
「……ふふふ、とても静かだな」
僕のそばにあるテントからは物音すらしない。二人とも疲れているのか、熟睡しているのだろう。まあ、歩きづめだったからね、仕方ないよね。エレナはともかく、レナは今までずっと馬で移動していたから、なおさらだろう。
「……」
シャリ……
二人が熟睡しているのを確認してから、僕はアークソードのすぐ隣にある銀光、シルバリオンを抜く。
前の国でレナと争ったときに、彼女が取り落としたのを僕がこっそり持ち出した。そのまま帯刀していたのだけれど……。誰もきづかなかったな。まあ、気付かれても困るんだけど。
「……」
シルバリオンは、色狂いジークハルトの剣だ。彼の故郷で唯一彼が気にいったもの、だったはず。あいつは気にいったものを大切にする。それは人だろうと物だろうと関係ない。
「……どうして」
疑問なのは、なぜこれが僕の手に……いや、もっと言えばどうしてレナの手に渡ったか、だ。渡してもらった?まさか。あいつはこれをそうとう大切にしていた。そもそも剣士がそう簡単に自分の愛剣を手放すものか。
……僕はできることなら今すぐにでも腰の剣を手放したいけど、無理なものは無理。諦めるしかない。
「他に考えられるのは……」
レナがこれをあいつから奪った、ということ。でも……
そんなこと、ありえるのか?
あいつは伊達や酔狂でこれを帯びているわけではない。あいつは鬼のように強い。少なくとも僕よりは。もしレナがあいつからこれを奪ったというのなら、僕よりも、あいつよりもはるかに強いということになる。
「……まさか」
そこまで考えて、ありえない、と首を振った。けど、それならレナはどうやって……
「……いったい、いつ交代なの?」
「起きたの?」
「ええ。どうしても眠りが浅くって」
「まあ、最初はそんなものだよ」
「エレナがそうだったから?」
「……まあね」
レナが、テントから這い出て僕のとなりに座った。僕はとっさにシルバリオンを隠そうとして……別に隠す必要はないな、と諦めた。
「ねえ、あなたはどうしてエレナを連れているの?」
「寝る前に話したよ?」
「ううん、あの話はどうしてエレナを助けたか、っていう話よ。どうしてここまで連れてきたの?」
「なにが訊きたいの?はっきりしてよ」
回りくどいのは苦手だしキライだ。
「どうして、助けたあとずっと連れてるの、ってことを訊きたいの。もっと言えば……あの子のこと、好きなの?」
好きか嫌いかできかれたら間違いなく好きだといえるけど……レナが聞きたいのはそういう答えじゃないんだろうね。
「別に。エレナが勝手についてきているだけ、とは言わないけど、僕は彼女に恋愛感情を抱いてないよ」
「……じゃ、じゃあなんで」
「それはね」
僕があの子を連れまわす理由。それは簡単。単純。
「僕は旅の仲間が欲しかった。ただそれだけだよ」
「……そう、なの」
ほっとしたような、少し残念そうな微妙な表情で、レナは言った。
「ところで、レナ」
「なに?」
「つかぬことを訊くけど……これ、どうやって?」
チャリ、と僕はシルバリオンをレナに見せる。するとレナは急に焦ったような顔になって、弁明するように言った。
「あ、あのあの!そ、それは、その、ジークさんが油断してるスキに、その……」
「何したの?奪った?」
「……スったの」
あ、掠め取ったんだ。
「そんなことだきるんだ」
「そ、その、あの時は、仕方なく……」
「エレナを殺そうと仕方なく?」
「うう……いじめないでよ……」
「無理。僕の趣味だもん」
人をからかうのって楽しいよね?……やりすぎはよくないけど、少しくらいなら、ねえ?
「な、なんて悪趣味な……」
「あはは、そうだね」
自分でも最低だと思うもん。でも、楽しいものは楽しい。
「まあとにかく、今度あいつに会ったらこれ返さなきゃね」
「え、ねこばばしちゃわないの?」
「まあ、ね。こいつが嫉妬しちゃうから」
そう言って僕は腰のアークソードを指差した。
「へえ~。恋人は腰の剣、ってやつ?」
「恋人?まさか」
「え、じゃあなに?」
「さあ?これは僕もよくわからなくて」
こいつは気難しいから、よくわからないんだよ。
「私はあなたが一番よくわかりらない……」
「そう?君もたいがいよくわからないけど」
すごいね、互いが互いをよくわからないと思ってるなんて。
「同じこと考えてるって、僕たち意外と相性いいのかも?」
「全然かみ合ってないのに相性も何もありませんよ……」
ふふふ、レナと話してると楽しいな。
「で、どうするの?」
「え、なにが?」
「君がこれ盗んだのはあいつも気付いてるだろうから……きっと取り返しにくるよ。その時どうするのかって訊いてるの」
あいつ、執念深いから絶対追ってくるだろうね。
「か、かえすわよ」
「返した時、君の胴体が二つになっていないことを祈るよ」
「……え」
呆然と、レナは呟いた。あれ、言ってなかったかな?
「知らなかったの?あいつ、執念深いんだよ?」
「それは知ってるわ。私が聞きたいのは、胴体がどうたら、ってところ」
「そうそう、あいつ怒ったら手がつけられなくなるんだよ。滅多に怒らないけど、怒ったら……」
と、僕はそこでレナを見て、ふい、と目を背けた。
「そんな、手遅れの病人を見たような反応しないで!不安になるじゃない!」
「あはは、ごめんごめん。大丈夫だよ。あいつが女の子相手に怒るところなんて見たことないから」
「……あなたには、って、なんでもないわ」
「そう?」
何を言おうとしたのだろうか。どうしてあいつが僕には怒らないか、とかだろうか?そんなこと訊いたら……僕は怒るけどね。
「なんだか、すごく命拾いした気がするわ」
「そうなんだ。……そろそろ、夜も遅いし、寝たら?」
楽しかったけど、あんまり続けてレナの負担になっても嫌だ。明日は人知未踏の地なんだ、備えて損はないだろう。
「……ええ、わかったわ。それで、一つ質問なんだけど」
「なに?」
なんだろうな、ってなにげなく僕は返事した。
「私のこと、好き?」
「………」
早く寝かしつけようか。いざとなったら力ずくで。そう微かに思う僕だった。




