第十三話
次の日……
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!⁉」
そんな叫び声を目覚ましに僕は飛び起きた。
「何⁉敵⁉」
僕は腰のアークソードを反射的に抜き放ち、警戒態勢に入る。
しばらくしても敵の動きどころか気配すらないことに気付くと、僕はすぐそばで手を口に当てて声を出したことを後悔しているエレナがいた。
「……エレナ?」
「……………………」
彼女は無言でコクコクとうなずく。いやそんなことしても大声出した事実は消えないよ?というかなんで敵もいないのに叫んだの?
「どうしたの?なにかいた?クモ?ムカデ?ゴキブリ?」
旅の途中出会う度に叫んでいた生き物の名前を言ってみるけど、どれも特に反応はない。なにがいたのだろう?
「あ、あなたが……」
「え、僕?」
僕がいたから叫んだって、そんなに僕のこと嫌いなの?ちょっとショック……。
「な、なんであなたが私の隣ですうすう眠ってるんですか⁉」
「え、だめだった?」
荒野を移動している途中、夜は大抵僕が隣で番をしていたから、添い寝くらいどうってことないとおもうけどなぁ。
「だ、だめじゃないですけど、その、あの、えーっと、その……」
なぜか彼女は歯切れが悪い。どうかしたのかな?
「僕みたいなのが隣だと安心して眠れない?」
実際、エレナはこうして絶叫と共に飛び起きているわけだし。僕の推理もあながち間違いじゃないと思う。
「そんなわけないじゃないですか!……その、びっくりしただけで……」
ああ、驚いただけか……。たしかに、目が覚めて隣に男がいたら驚くよね。
「あ、そうなんだ。ごめんね?」
「い、いえ、その、私が勝手に驚いただけですから……」
「いやいや、僕が君に無断で添い寝をしたのが悪いんだよ」
よく考えたら僕がしたことって犯罪一歩手前なんじゃ……?
だって、ヘトヘトに疲れてぐったりしてる女の子の隣に無断で寝るって、どこの変態だろうか。
「いえ、あの、目が覚めたら綺麗な寝顔が……って、なんでもないです」
「ふうん……」
所在なさげにうつむいたエレナに、僕は何も言えずにいた。
…………ちゃり…………
「エレナ」
「ひゃっ⁉」
僕はエレナの耳元に口を寄せ、囁くように名前を呼んだ。彼女は息がかかったのがこそばゆいのか、びくりと体を竦ませた。
「あ、あ、あ、あ、あのあの、う、うううううう嬉しいんですけど、いきなりはそのあの困ると言うか、その、あのその」
「黙って」
僕は少し語気を強めて囁いた。
「………………っ!」
エレナは声が出ないよう口を手で覆い、必死でこらえている。
「聞いて、エレナ」
コクコクと小さくエレナはうなずいた。ふるふると震えながら、目を硬く閉じて、その目端からは微かに涙も浮かんでいる。怖いのだろうか。
「敵がいる」
「……………⁉」
僕がそう言うと、エレナの涙も震えも止まって、拍子抜けしたみたいな表情になった。……あれ?どうして?敵に気づいて震えたんじゃないの?
「さっき微かにだけど足音が聞こえた」
「え、そ、それって……」
事態をようやく把握したのか、エレナも口の手を離して小声で言う。
「も、もしかしたらここに住んでる人かも……」
「足音を忍ばせようとしてる。騎士達ではないし、かといって暗殺者かと言えばそうでもない」
「ど、どうしてそんなこと……」
「本職が僕らを狙ってるなら、君は叫べなかっただろうから」
「え」
「君は死んでも、叫べるのかい?」
「………」
サーっと目に見えて青ざめるエレナ。可愛らしいとか今は言っていられない。今は嘘なしだからね、もし本職がきたなら僕らは太刀打ちできないだろう。それだけ暗殺者は強いんだ。
「……で、でも、暗殺者でないのなら一体……」
「それがわからないんだ。もしかしたら、新手かも……」
……………ちゃり……………チャリ……………
どんどん足音が近づいてくる。僕は警戒しながら、エレナは怯えながら、敵の姿が見えるようになるまで待つ。
チャリ、チャリ、チャリ……………
硬質な靴の音が響く。
もう僕たちが敵の存在に気づいていることに気づいたのか、足音を隠そうともしない。
チャリ、チャリ、チャリ、チャリ、チャリ……………
ちょっと怖くなってきた。エレナも僕とおんなじようだった。
チャリ、チャリ、チャリ、チャリ、チャリ、チャリ、チャリ、チャリ、チャリ、チャリ……………
「……こんにちは」
「あ、あなたは……」
足音は、僕たちにそう挨拶してきた。
「ど、どどどどうしてあなたが?」
「……ふふ」
足音の主は、女性だった。そして、僕たちが知っている女性だった。
「……レナさん、どうしてここに………」
「レナ、って呼んでくださいって言ってるじゃないですか」
昨日今日とほとんど変わらない会話。それにエレナはもちろん僕でさえも、恐怖を感じていた。
なぜなら、レナの笑顔から目を離し、下……つまり手の方に目線を向けると、鈍く輝く銀光が一筋。あんまりにも剣を握る姿が似合っているもんだから、一瞬見とれちゃったけど、よく考えたらここは廃屋で、僕たちは追われてて、レナはミケーア商会所属なのだ。……って、あれ?
「それ……、シルバリオンじゃ……」
色狂い、ジークハルトの愛剣だったはず。
「あ、やっぱり気づきました?あなた実は彼のこと好きなんじゃないですか?」
「……怒るよ?」
僕があいつのことを好き?なにをバカなことを。
「でも、じゃあどうして剣の名前まで……」
「それはね」
ヒュッ。
「……っ」
レナは素人だ。剣を持てば強くなったような気になっている。僕も得物を持っていることを、失念していた。だからこうして……僕はレナの首にアークソードを突きつけれるわけだ。
「……わかる?こうやって首に突きつけられれば、誰だって嫌でも覚えるさ。……で、ミケーア商会所属の君が……何の用?」
「……離してよ」
「離したら今度は君が僕に同じことをするだろう?」
いいながら、僕は少し怖くなっていた。
レナがレナに、見えなかった。朗らかな笑顔は嫌らしい笑顔に変わり、くりくりとした瞳は微かな狂気に冒されていた。どれも、今日見たレナとは似ても似つかなかった。
「ううん。私はあなたに何もしないわ」
そう声だけは朗らかにレナは言って、僕の後ろ……つまり、エレナを睨んだ。
「そこの猫かぶりを、殺すだけ」
「なっ……」
その眼光を受けて、エレナはひっ、と短くうめいた。猫かぶりなのは昨日の会話で聞いているけど、でも……。
「あ、あのさ、ど、どうして君が殺そうとするの?騎士達に任せとけばいいじゃないか」
騎士達ならいざとなれば斬れるけど、レナを斬るには、僕は彼女を知りすぎた。情が移るなんてらしくないと言われればそれまでだが、人を斬りまくってきた僕としては、この青くさいところをなくしたくない。
「なぜ?なぜですって?そんなの決まってるわ。邪魔物で、奴隷のくせに印も押されずのうのうと逃げおおせてるそこの猫かぶりを、この手で葬りたいからよ」
「な、なんでそんなことを……」
邪魔者、ってなんのことだ?エレナはもしかしてレナに何かしたのか?
「あなたの隣にいて!奴隷のくせに堂々と!まるで恋人みたいにくっついてるのが、我慢ならないのよ!あまつさえ、となりで寝たり、さっきなんて睦みあったり……っ!」
……いろいろ誤解しているみたいだった。
「お、おちついてレナ。僕たちは一緒に旅してるだけで、恋人なんかじゃないから」
「あなたはそうじゃないかもしれないけど!そこのは違うのよ!」
ヒュッ!
え。
キィン!
「……はやくどいて!そこのを殺すの!そうすれば!」
「落ち着くんだ、レナ!」
レナは怖るべきことに、首に刃があるのにもかかわらず手のシルバリオンを振るった。……油断してた。らしくない……。
「そうすれば!きっと、それにあなたが惑わされることも、なくなる!」
「!」
僕は我を忘れないよう意識をしっかり保ちながら、レナのシルバリオンをうち払った。
カキン
くるくると、銀色の筋が床を転がる。
「……僕は、人をモノ扱いする人とは、旅したくない」
「……!」
「……それに。ミケーア商会に所属してる君とは、旅できない」
これから先、きっと僕たちは追われ続ける。その度にレナを疑うようなこと……したくない。
「じゃ、じゃあ!」
「なに?」
「わ、わたし、もうエレナを奴隷扱いもモノ扱いもしないから……!」
「……でも」
まあ、それならいいかとうなずきかけて、首を振る。ダメだ。レナはミケーア商会の人間なんだ。
「み、ミケーア商会から抜けるし、馬車もあの子も置いて行く!だから、一緒に……」
「……え、え~っと、エレナ?」
あんまりにも重い覚悟に、僕はたじろぎ、エレナに訊いてみる。
「え、え~っと、い、いいんじゃない……ですか?あなたがいいなら」
ブーメランのように戻ってきた。さて、どうするべきか。ここに残すのが賢い判断なんだろうけど、無下に断ったら心中するとか言い出しそうだしなぁ。
……さて、一体どうしたものか。




