第十話
その野郎1人は、僕を守るように色狂いの前に立ちはだかると、帯刀していた剣を構えた。
「勝負だ!」
僕を女の子だと勘違いしてるバカは斬るのが僕の流儀だけど、今は許してやってもいい、かな?
「……ふむ?勝負?私と君とが、か?」
「ったり前だ!」
ふむ、と色狂いは得心したようにうなずくと、腰に携えた装飾過多のレイピアを取り出す。
銀製の刃が太陽光に当たり煌めき、この男らしい優美さを醸し出し……って、何を僕はこいつを褒めるようなことを……!
と、とにかく。色狂いは片手でレイピア……確かシルバリオン、だったかな。それを片手で正眼に構える。
「名乗りたまえ。私はジークハルト。ジークハルト・オールカラー」
「アルマーシュだ。アルマーシュ・アダマント。いくぜ!」
たたたっと、軽快にアルマーシュは走ってジークとの距離を詰め、切りかかる。
「なかなか……」
ジークはそう呟きながらも、軽々と彼の斬撃を受け流す。
アルマーシュの刃は刃筋も立っていて、速く、重い。別段彼は弱いわけではない。ないのだが、ジークはそれのはるか上を行く。
僕がうっとうしい奴を消せないのも、あいつが異常なまでに強いからであった。
「……すごい」
レナが感嘆の声を上げる。……うん、気持ちはよくわかる。
「そうでしょ?ジークってなかなか強いんだよ」
「……ジーク?そんなに仲良かったんだ?」
「………っ!ち、ちが、それは、あいつが呼ばなきゃ……」
「呼ばなきゃ、何?」
「……何でもない」
「?」
『君が私を愛称で呼んでくれないと言うのなら……呼ぶまで私の愛を君の身体に刻みつけなければいけなくなってしまうよ?』
なんて脅しに愚かに屈したから、なんて言えない。……あいつ、どんな罵詈雑言でも受け入れるくせに、名前だけは別なんだ。……変なの。
「……意外と仲いい?」
「とんでもない!あんなやつ、今にでも切り刻んでやりたいくらいだよ」
「……ほんと、熱くなると過激なんだから」
「う……。でさ、ジークじゃなきゃ、なんで驚いてたの?」
「あ、それはね」
カシーン!
「危ない」
「きゃ!」
僕はレナの身体を抱き寄せる。
数秒前まで彼女のいた空間に、アルマーシュの剣が通り過ぎて行った。
「こらジーク!君は僕の彼女を殺すつもりか!」
「それもいいね、と思ってしまったよ。……でも、今の確実に手違いだ。すまないことをしたね」
「……ったく」
それで済ませてしまう僕も僕だけど。
「……あ、あ、あああの!」
「ん、ごめん」
ばっと、レナは僕から離れる。
恋人同士、って設定だけど問題ないだろう。だってレナ今顔真っ赤だから。
「で?なんで驚いてたのさ?」
「そ、それは……」
まあ、僕がよく知ることわざで、世間は狭い、って言うのがあってね。
今日はそれをよくよく実感できた。
「……アルマーシュって、ミケーア商会の幹部の人、だったように思うわ」
……むう。ミケーア、か。意外な名前が耳に入ったものだ。
エレナ、大丈夫かな……?
実はエレナはミケーア商会に買われてしまい、奴隷となるところを僕が助けた。
その助け方っていうのが少しまずくて、話し合いも何もせずに攫うような形でだったので、絶対に怒ってるだろうな、って思ってたんだ。
アルマーシュはまだ気付いてないみたいだけど……?
「ミケーア商会、ってさ、大きいの?他の国でも名前を聞いたけど」
向こうで聞いた時はこの国の大企業かな、ぐらいにしか思わなかったけど。
「ええ!商人をやってる人間、もしくは携わったことのある人間なら誰でも知ってると思う!」
「僕いろんな国で商売して来たけど、そんな名前聞かなかったよ?」
「あなたは旅人であって商人じゃないでしょ?だからだよ」
「……」
いや、君の説明はミケーア商会がなんなのかますますわかんなくなっただけだよ。わかったのはすっごくコアな知名度を持ってる、ってことぐらい。
「……で、ミケーア商会って何してるの?」
「大雑把に言えばギルドの元締めみたいに商人を統率してるよ。かく言う私も、ミケーア商会所属だよ」
「……そう」
嬉しそうに語る所を見ると、ミケーア商会に所属するっていうのはひとつのステータスみたいなものなんだな。
………
……………
今更ながらにエレナを連れて来たことを後悔。
いや、ほんとにまずいものを敵に回してしまった。
「どうしたの?ちょっと様子がおかしいよ?」
「……あ、いや、なんでもない」
さて、どうしたものか。
と、悩んでいると。
「……いいかい、つまり守るとはそういうことだ。ただ闇雲に喧嘩をふっかけ、剣を振るうのみが守るではない。行く手を遮るもの全てを切り捨てていたら、守るべき対象にさえ、恐れられるぞ。そうなりたいか?」
「なりたく、ありません」
「ならば己を磨け。強くなれ。心も、体もだ」
「はい、師匠!」
「その意気だ!」
……なぜだか二人が語り合っていた。なんだよ、その空気。
「いいこと言うわね、ジークハルトさん」
「自分の身が可愛いなら、彼をジークと呼ぶべきだよ。殺されても知らないからね?」
「……そ、そんなにですか?」
「そんなに、だよ」
あいつ、きっと自分の名前が嫌いなんだ。だから、名前を呼ばせたがらない。
「やあ、お嬢ちゃん、そしてハニー」
「ハニー言うな」
ちなみに、他の男どもはアルマーシュがやられた所を見て脱兎の如く逃げた。僕も逃げたかったけど、体裁とかいろいろあるからね。
「あ、ありがとう……?」
レナもお礼を言うべきか迷ってるみたいだ。まあ、急に現れて勝手してただけだから、お礼なんていらないと思うけど。
「ふむ、どういたしまして。お礼などいらないから、恋人の振りをするのはやめてくれないか?心が痛む」
「……」
「す、すごい、なんでわかったんですか?」
「決まってるよ。もし君がほんとうに恋人同士ならさっき抱きついた時になにかリアクションがあったはずだからね」
「……ちっ」
なんてことだ。まさか僕の失態だったなんて。
「まあ、ばらしてしまったからもう振りはできないだろう?私がボディーガードになってあげるから、ね?」
「え、ええと……?」
レナはちらちらと僕を見る。
「いいんじゃない?男かどうかわかんないような奴より、ジークの方がボディーガードには向いてるさ。食事のお礼ができなかったのが残念だけど」
「え、い、いいの?」
「なにが?」
「え、その……わ、私馬車持ってるよ?わ、私の馬車で旅したら、きっと快適な旅が……」
「他人に身をまかす快適な旅より、過酷だけど自分で道を選べる旅がいい」
僕の答えを聞いて、レナは悲しそうな、寂しそうな顔をした。
「…………そう、なの。……うん、わかった……。あなたはエレナさんの方がいいのね」
「?何を言ってるの?」
「ううん、なんでもない。……なんでもない」
ぞくっ。
なぜか背筋に冷や汗が。それは、急にふいて来た風のせい?
それとも、いやらしく僕に触ってくる色狂いのせい?
それとも、レナの瞳に怪しい光が灯ったから?
「……あー、ええと、今までありがとう、レナ」
「……こちらこそ、旅人さん」
「では、いこうかレナ君。次の商いがあるのだろう?」
紳士的にレナを導くジークに先ほどまでの軽薄な雰囲気は一切ない。こいつ、なぜだか僕以外には紳士的なんだよな。
「……さよなら、とエレナに伝えて」
「わかったよ」
寂しそうに遠ざかる彼女は、そう言ったきり振り返らなかった。
……気分悪いな。嫌がる女の子を売っ払ったような、そんな気分。
……荷造り、しないと。
僕はエレナがまっているであろうやどに戻ることにした。
「……………にゃっ⁉」
自室に帰ると、エレナが僕のベッドで寝転んでいた。
幸せそうにふにゃ~……とか言いながら、ゴロゴロ悶えてる女の子にかける言葉を僕は持ち合わせていなかった。
……まあ、何を訊いても気まずくなりそうなので、スルーしてみる。
くすくす、ひとつ弱みを握ったぞ……!
「レナさんは?」
「ん?別れた」
「にゃっ⁉」
「さようなら、だってさ」
「…………いや、もう少しだけ詳しくお願いします」
「……わかった」
僕はさっきあったことを話し始めた。
エレナも顔を赤くしながらも、平静を保とうとしているのはまるわかりで、その様子が可愛らしい。
「……それ、マジですか?」
「嘘ついてどうするんだい、全く。ああ、気分悪い……」
「そういえば、あなたって女の子売っ払ったことあるんですか?」
「なんで?」
「いや、なんで気分の悪さを的確に説明できるのかなぁ~って」
「まさか。フィーリングだよ。売ったことはなくとも、売られそうになった子なら見たことあるからね」
「へ~」
「……君だよ?」
「へ?」
いや、ぽかんとされても困るんだけど。
「……でさ、なんでマジですかとか訊いてくるの?」
なんかエレナが僕に突っかかってくるなんて珍しいな。
「そりゃ、身の危険かもしれないですから」
「……身の危険?」
「はいです。レナさんきっと私を殺しにくるですよ!」
「被害妄想が過ぎるね」
「バッサリですね~」
バッサリじゃなきゃまずいだろう。
「……で、本題に入ろうか」
「まだ何かあるんですか?」
もちろん。さっきは気まずかったけどね。
「君、さっきまで僕のベッドで何をしていたの?」
「…………………」
黙りこくるエレナ。
顔は真っ赤っか、肩を震わせて恥ずかしさに耐えているように見える。昨日レナと会話していた内容が嘘のようだ。
「…………………うにゅ~……」
「可愛く鳴いてもだめ。話して」
「話しますよ、話しますけど……引きませんか?」
「内容によるね」
呪ってた、ぐらいだったら引かないけどさ。
「……あ、あなたの匂いを……や、やっぱり言えません!恥ずかしいです!」
「そんなに恥ずかしいならやらなきゃいいのに」
「うくっ!そ、それは……」
うわ~、反応がいちいち可愛いな。これも狙ってやってるのかな?
「むう~。なんだかいじわるなあなたに戻ってません?レナさんがいるときはあなた可愛かったのに……」
「意地悪って……人聞きの悪いこと言わないでよ」
「はいです~。……それで、ホントのホントにレナさんは私にさよなら、って言ったんですよね?」
「そうだよ?」
何か変なところあるかな?
「あなたには?」
「何にも」
「やっぱり私消されちゃいます!そんなの嫌です!」
「いや、だから考えすぎだって……」
トントン。
あ、なんかデジャヴ。
「僕が出るよ」
「あ、はい」
なんで君はこんなに冷静なの?騒ぎたかっただけか⁉
「はい?」
僕は扉を開ける。
「こんにちは。ミケーア商会です」
「そうですか。では」
バターン!
思いっきり扉を閉める。
「エレナ!逃げるぞ!」
「またですか⁉」
「まただよ!早く窓から逃げて!」
「え、で、でも、ここ二階……」
「ああ、もう!」
ここからはもう前の国の焼き増しだった。
まあ、ここの国の追っ手はぬるくて、撒きながら買い物するぐらいの余裕はあったから、しばらくは食料には困らないだろう。
「ぜっっっったいにレナさんがちくったんですよ!そうでなきゃこんなうまい具合に追っ手なんて来ませんよ!」
「それには同意かな。とにかく、怪しまれないような国を出よう」
人混みであふれた商店街。僕らは木を隠すなら森の中精神で商店街を歩いていた。
「でも、もう出口閉められてるんじゃないですか?」
「だよね。……はぁ」
ほんと、どうしようか。
なんとかならないかなぁ。




