表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

4 Scorpio

Scorpio・・・蠍座

「・・・あと3年、と言うところでしょうか」

 空は誰もいないトレーニングルームのモニターに向かって、そっと呟いた。

 体力計測値はコンディションが良い時でも、以前のような結果は出なくなっている。今はもう80%台に落ちてしまっていた。こうやって少しずつ能力が低下するのは当たり前の事だと頭では理解しているが、いざ目の前にそれを突きつけられると寂しさを感じる。

 外勤の中でも乱闘が予想されるような任務が出来るのは、女性である自分の場合、あと3年くらいだろうと予想された。

(その後の事も、考えておいた方が良いのでしょう・・・)


 現在のFOI日本支局には、空を除けば専任捜査官が6名と嘱託捜査官が2名いる。いわゆる荒事が出来るのは、真・豪・エディ・ジーナだ。小夜子と春は内勤オンリーだが、それで充分依頼はこなせている。寧ろ任務の内容によっては、手が余ることもあるくらいだ。特に内勤はメインコンピューター・ケトルも優秀なので、小夜子と春は結構自由な時間もある。

研究室(ラボ)の方はエディがいますから、私が内勤だけになってもすることは特に無さそうです)

 給料泥棒に甘んじるか、FOIを辞職するかの2択になりそうだ。

 辞職した場合、今暮らしている部屋は職員住宅なので住み続けることは出来ない。その場合、博との関係はどうなるのだろう。

(私が外で部屋を借りた場合、博が夜だけ通うようになるのでしょうか?)

 けれどまだ考える時間はありそうだ。自分の考えが定まってから、博に伝えることにしよう。

 空は、取り敢えずシャワールームに向かった。


 その晩、博は今日手に入れたデザートワインを空に勧めながら、いつものリラックスタイムを楽しむ。

「そう言えば、明日はソロ任務でしたね?」

 数日前、本部からの依頼で、女性捜査官を1名身辺警護に赴かせるようにと連絡が来ていた。

「はい、ジーナが研修でいませんから私が行きます」

 空はそう答えて、けれどフッと寂しげな表情を浮かべた。

「・・・実際に、いつも傍にいると言うのは難しいものですね」

 昼間の考えが頭のどこかに残っている。3年後辞職した場合は、彼の傍にいられる時間は本当に限られたものになるのだろう。

「おや、1晩でも寂しいですか?」

 けれど博はそんな彼女の心には気づかず、嬉しそうに問いかけた。

「ええ・・・まぁ・・・」


 明日の昼から24時間の身辺警護の対象は、以前大使夫人の主催したパーティーの主賓だったマタラン王国の第4王妃ラセナテ殿下だ。A国に向かう途中、ひと晩だけ日本に滞在するという。

 日本支局の女性捜査官で警護の任に当たるとすれば、空の他にはジーナがいるが、彼女は先週から薬物耐性の自主訓練でA国に行っている。本部の医局管理下でないと出来ないからだ。


「それじゃ、今晩は明日の分もですね」

 いかにも嬉しそうだが、どことなく悪戯っぽい笑みを浮かべて博が囁く。

「・・・2日分・・・ですか」

「おや?喜んでもらえないんですか?随分、身体の方は喜んでいるようですが」

 いささか明け透けな物言いに、空は訝し気な顔になった。

「喜んでいましたか?」

「ええ、『もっと』っておねだりするようになってるじゃないですか」

「あれは、博が問いかけるからで・・・ねだっているわけでは・・・」

 返事をするのがやっとのシチュエーションで、自分から言い出したわけでは無いから、ねだると言うのとは少し違う気がする。

「それでは、それは次の課題ですね。僕が問いかけなくても、自分からねだってください」

「・・・それは・・・難しそうです」

 考え込んでしまった空に、彼はクスっと笑うと2日分の幸せを味わうために彼女を寝室に誘った。


「FOI日本支局専任捜査官、菊知空、着任します」

 型通りの敬礼をいつもの綺麗な立ち姿で行った空は、目の前に立つ1人の女性捜査官を見た。

「着任を確認しました。ルース・ベルウです。引継ぎをしてください」

 空よりかなり年配らしい捜査官は、生真面目な表情で空と他に2名いる女性警察官を促した。ひと晩だけだが、今回はこの4名で身辺警護の任に当たる。4人とも客観的に見て美人であるが、まさか選考基準が顔だというわけでは無いだろう。

 空港の到着ゲートで王国からここまでの警護担当3名と交代し、一行は滞在先に向かった。

 第4王妃が滞在するのは空港近くの高級ホテルの1室だが、ひと晩だけとはいえスイートルームのあるワンフロアを全て貸し切り状態にしている。


「ラセナテ殿下、こちらでの警護の者たちをご紹介させていただきます」

「どうぞ」

 返事をした王妃の前で、それぞれの簡単な自己紹介が終わると4人は部屋を出る。けれどその時、空だけが呼び止められた。

「ソラ、私の警護は2度目よね?」

「はい、前回は大使夫人のパーティーでした」

 第4王妃は、ゆったりとした雰囲気でソファーに座り、空に話しかけてきた。

「貴女が来ることは知っていたわ。ルースに聞いたから」

 王妃は王族らしからぬ気さくな話し方で、ドア近くに立つ捜査官を指さす。

「彼女もFOIだけど、マタランにずっといるのよ。支局じゃなくて出張所みたいな感じだけど、今国内が不穏だから。A国まではずっと一緒ね」

 軽く頭を下げたルース捜査官は、それ以外の事は何も言わず黙っている。

「ソラ、貴女に来て欲しかったのよね。だから、もう1人の女性捜査官がいない時に日本に立ち寄ったの」

 ラセナテ王妃は、意味深な笑みを浮かべたが、それ以上は何も言わずゆっくりと立ち上がった。

 ディナーの時間になっていた。


 1人の食事は味気ないので旅行に出た時はいつもこうしている、と王妃が言うディナーは身辺警護の任に当たる全員がテーブルにつく形になった。

 警視庁から来ている2人は、高山と酒井と言う20代の女性でどちらも明るい雰囲気だ。マランタから来ているルースは、30代後半だろうか。確かに美人の範囲に入るが、無口で大き目の口元をいつも引き締めていて厳しそうな印象がある。

 王妃殿下は終始ご機嫌で、話し好きらしい若い2人と料理についての話が弾んでいた。やがてディナーが最後に近づくと、それぞれの前に果実が乗った皿が置かれた。給仕は王妃の侍女たち数名が行っている。皆お手本のような笑顔で、非の打ち所の無い作法だ。

「これは、コルピと言うマランタの高山植物の実なの。1日3粒で美容効果抜群なのよ。栽培できない上に希少なものだから、誰も知らないんじゃないかしら」

 小さな皿の上には、アオキの未熟果のような小さな果実が3粒乗っていた。


(・・・コルピ・・ですか)

 空は果実と言うより木の実のような、楕円形で1㎝程度の粒を摘まみ上げた。上半分が赤く、下半分が緑色をしている。

「味は美味しいとは言えないけど、中の種は柔らかいからそのまま噛み砕いて大丈夫よ」

 王妃は自分も1粒摘まむと、口の中に放り込んだ。美容効果抜群だと言うが、どの程度の効果があるものなのだろうか。

 確かにラセナテ王妃の顔は、目鼻立ちが整っていて40代とは思えない美貌だと思える。けれど首から胸まで化粧をしている肌はどの程度の美しさなのか解らないし、長い黒髪は綺麗だが髪油をつけて結い上げられているのでこちらもよく解らない。若い頃はおそらく相当の美女だったと思われるが、そもそも目鼻立ちがサプリで整うわけもないのだ。


「それじゃ、遠慮なくいただきます」

「ありがとうございます。こんな貴重なものをいただけるなんて光栄です」

 若い2人は、嬉しそうに食べ始めた。

「ええ、どうぞ。ルースも、お食べなさい」

「はい、ありがとうございます」

 仏頂面のまま、年嵩の捜査官は木の実を次々と口の中に放り込んだ。いささか行儀の悪い食べ方だが、ポリポリという小気味よい音が漏れた。

「あ、確かにあまり・・・美味しくはないですけど」

 少し顔を顰めた高山が小さく呟くと、王妃は笑って答える。

「無理はなさらなくて構いませんよ。残していただいても大丈夫ですわ。ただ、持ち帰りはなさらないでね。秘密の果実なので・・・あら、ソラもどうぞ。味見だけでも、なさってくださいな」


 食べている3人の様子を見るに、特に即効性がある成分が含まれているとは思えない。空は礼を言うと、1粒の半分を齧ってみた。

(・・・粉っぽい感じですが・・・分析できない成分が含まれています)

 微かな甘みがあって林檎に似た香りがあるが、渋みも感じられて確かに美味しくはない。種はクルミのような感じがする。空は解らない成分が気になったが、1粒くらいなら問題はないだろうと判断して残りの半分を食べる。

「・・・申し訳ありません。苦手な味なので、残させていただきます」

 2粒を皿に残して、空は食事を終えた。


 食後に仮眠をとったが、起きた時、空は頭の芯が重いような感じを受けた。けれど特に任務に支障は無いと判断したので、空は警護の交代のために王妃の部屋の前の廊下に向かう。指定時間の5分前に到着すると、そこには既にルースが来ていた。けれど、交代するはずの若い2人の姿はない。

「高山さんと酒井さんは、少し早いけれど上がってもらいました。体調が悪そうでしたので」

 ルースがむっつりと伝える。

「それと、夜はラセナテ殿下の事は『マダム・アン』と呼ぶようにとのことです」

 マタラン王国の公用語は、マタラン語と仏語だ。ミセスやフラウではなく、マダムと呼んでもらう事で、立場を忘れてリラックスしたいと言う事なのだろう。

 そこでドアが開いて1人の侍女が顔を出した。侍女と言うよりボディーガードのような、鍛えあげられた体つきをしていた。

「菊知さんは、室内で警護に当たって欲しいと王妃殿下が仰せです」

 何故自分だけ?とは思ったが、ルースが軽く肯くのを見て、空は部屋に入った。


 王妃は寛いだ格好で、長椅子に寝そべっている。空を案内した侍女は、部屋の隅に引き下がった。

「何か御用でしょうか?マダム・アン」

 空はルースに教わった通りに、頭を下げながら王妃に声を掛けた。

「ふふ、ちゃんとルースから聞いてるのね。アンと言うのは私の本名よ。アン・チアレスと言うの。ラセナテと言うのは結婚した時に賜った名前なの。これを、見てちょうだい」

 王妃は傍らに置いてあった写真を、空に渡した。それは、王妃の結婚式のものだった。

「この時の私は、貴女に似ているでしょう?」


 王妃のウェディングドレスは、先日ファッションショーで空が代理で着たものとよく似ていた。髪型も長い黒髪を後ろに流し、今よりもずっと若々しく輝いている姿の王妃と確かによく似ていた。

「ファッションショーの時、派遣した侍女に撮ってもらった動画を見て懐かしくなったわ。それで、貴女と話をしてみたくなったの」

 それが、空にとって長い夜の始まりだった。



 翌日の昼過ぎ、博は手が空いていた豪に頼んで空港まで車を出してもらった。空の任務は第4王妃が日本を発つまでだったので、彼女を迎えに来たのだ。ちょうどジーナが帰国する便が到着する時間とも近かったので、ついでに2人とも支局へ運べば良いと思った。

 予定時間になると、王妃一行は出発ロビーに姿を現す。交代要員であるA国からのFOI捜査官3名も、既に準備を整えて待っていた。

 警視庁からの2人は、少々顔色が悪く無表情だったが、無事に引継ぎを済ませる。ところが空は、王妃の傍に立ち尽くしたまま動く様子がない。ルース・ベルウ捜査官が足早に近づいて来た。

「先ほど本部から、菊知捜査官の任務延長の連絡が来ました。彼女はこのまま、A国に向かうことになります。その後の事は私には解りかねますので、本部の方に問い合わせてみてください」

 それだけを言うと、ルースは踵を返してしまう。

「えっ!・・・ちょっと、待ってください。空!」

 博の声が届いたのか、無表情で立っていた空が彼の方に顔を向けた。けれど王妃自らに腕を掴まれ、そのまま搭乗口に入ってゆく。

 肩越しに振り返った空の表情は、眉を顰めどこか苦しげだった。何かを訴えるような視線は、彼に届いただろうか。足元も危なげで、傍に寄った侍女に支えられながら去ってゆく彼女の姿に、豪もグッと眉を顰めた。

「何だか変です。今すぐ本部に確認をとったほうが・・・」

「ハァ~~イ、タダイマ~~」

 そこに、到着ロビーから来たジーナが能天気な声を掛ける。けれど博と豪の不穏な雰囲気に気づくと、キュッと気を引き締めた。

「何か、あったの?」

 博は掻い摘んで状況を説明すると、ジーナの顔色がサッと変わった。

「ラセナテっ!あの蠍王妃!」


 第4王妃たちを乗せた機体が離陸する様子を背に、一旦支局へ戻った博・豪・ジーナの3人は、他の捜査官たちも含めて状況を整理することにした。先ずはジーナが、怒りを漲らせた表情で説明をする。

「まだ本部の医局からは正式に報告は出ていないんだけど、新しく自然麻薬に分類されそうな物が見つかったのよ。それが、あの第4王妃がらみなの」


 前回王妃の身辺警護に就いた女性捜査官が、離任後の様子がおかしかったので医局で精密検査をして発覚した。捜査官の回復後事情聴衆をして、どうやら食事の時に食べた果実が原因らしいと解った。マランタ王国にしか生息しないその植物は、コルピという名前だった。


「まだ詳しい分析は途中なんだけど、意識はあっても身体は言う事を聞かなくて、命令通りの行動をするようになるらしい。それに催淫剤の成分も含まれているそうだわ」

 それが本当なら、幾らでも好きなように性交渉をさせることが出来ることになる。捜査官たちは、青褪めて声も出せなかった。

「あの第4王妃、空が気に入ったっていう事?そういう趣味があるの?」

 小夜子が一同の考えを代弁するように声を上げる。

「ううん、それは聞いてない。王妃になれたんだから・・・あ、バイと言う可能性はあるか」

 ジーナがすぐに答えるが、最後は顔を顰めた。

「本部では、彼女の事を『蠍王妃』って陰で言ってるの。本名がアン・チアレス、つまりアンタレスで蠍座の1等星だから」


「あの・・・これを見てください」

 春がノートパソコンの画面をスクリーンに表示した。それは一般にも公開されている第4王妃ラセナテの結婚式の姿だった。

「あっ!・・・これ、この前の空にそっくり」

 ジーナが間近で見た、空のファッションショーの姿によく似ていた。エキゾチックなウェディングドレスのデザインもよく似ている。

「そう言えば王妃付きの女官が、撮影していましたね」


 博の呟きに、もう1度小夜子が意見を述べる。

「例えば40代の女性が、自分が1番輝いていた結婚式の時の姿に似ているからって、その女性を凄く気に入るってことがあるのかしら。そりゃ似ているのが子供だったら、自分の子供のように可愛がるかもしれないけど。寧ろ自分より若い似ている女に会ったら、その若さが妬ましいとおもうかも。今が幸せでないのなら、余計にね」

 パソコンで調べを進めていた春が、それに対する情報を示した。

「ノクロン3世は、第4王妃を迎えた後、数年後に第5王妃を迎えています。正妻である第1王妃は病弱なので、公式の場には現在第5王妃が出ているようです。因みに、第2王妃は亡くなっていて、第3王妃は公式には病気療養中になっていますが、巷では幽閉されていると噂されているようです」


 第4王妃ラセナテが、少なくとも現在幸福ではないことはどうやら明らかだ。

 本部の人事部長アンジーにも問い合わせてみたが、特に不審な点は無かったので許可したと言う事だった。博の説明を聞いて、アンジーは直ぐにルース捜査官と連絡を取ると約束してくれた。けれど、漸く連絡がついたのは、王妃の飛行機が太平洋上にあるA国のH島に到着後のことだった。

 ルース・ベルウ捜査官によると、王妃一行は警護の捜査官たちを残し、空だけを連れてH島の自分の別荘に行ってしまったと言う事だった。



 日本での警護当日の夜。

 第4王妃は自分の結婚式の写真を空に見せると、座るように勧めて自分の過去を話し始めた。


 13歳になった頃、たまたま別荘に来ていたノクロン3世に、畑仕事をしている時に見初められた。玉の輿だと有頂天になってとんとん拍子に第4王妃の座に就いたが、それが辛く苦しい日々の始まりだった。

 ノクロン3世は、自由に出来る性交渉の相手を求めていただけだったのだ。サディスティックな性癖に目覚めていた王様は、新たに得た第4王妃にそれを全てぶつけた。そしてその頃見つかったコルピを試すように使い、思う存分彼女の身体を楽しんだ。

 そして数年後、心と体を病んだ第4王妃は、飽きられて捨てられ離宮に飼い殺しになる。王は第5王妃を娶り、ラセナテは廃人同様の姿で寝て暮らすようになった。生活の全ては裕福な王国の国庫から賄われ、侍女たちが面倒を見てくれたのは幸いだった。


「何とか元の身体に戻るまでに数年掛かったわ。それまでの事は全て覚えていて、復讐してやりたいと思ったこともあった。でも、その時にはマランタは完全に政情不安になっていたの」

 放っておいてもノクロン3世は暗殺されるか処刑されるだろう。そうなれば王妃たちも同じく命を奪われる。そういう国なのだ。

「どうせ殺されるなら、それまで好きな事をして暮らそうと思った。けれど、私の身体はもう性的な喜びを得られないようになっていたの。だからせめて、他人のそういう姿を見て自分を慰めていたんだけど・・・」

 そこまで聞いて、空は嫌な予感を感じた。


「気を紛らわせているうちに、ふと気づいたの。陛下から私に加えらえた暴行の苦しさが、いつの間にか薄れていっていることに」

 嫌な思い出が少しずつ薄れて、思い出しても辛くなくなることは良い事なのかもしれないが。

「でも、私にはそれが許せない。あんなに酷いことが、自分の中で過去として薄れてゆくのが許せない・・・だから、ちゃんと思い出して、誰かにそれを解って欲しいと思うのよ」

 空は、背筋がゾッとする感覚を覚える。


 王妃が軽く目配せをすると、いつの間にか傍に立っていた逞しい侍女が、空の両腕を後ろに回して自由を奪う。それまで気づかなかったのは、1粒とは言えコルピが影響を与えていたのだろう。隣の部屋に通じるドアが開き、他の侍女たちが入って来た。

「私の侍女たちには、いつもコルピをあげているの。私の手足と同じよ。さぁ、飲ませてあげてちょうだい。そのコルピのスムージーをね」

 鼻を摘ままれ開いた口に、白いどろりとした液体が流し込まれる。吐き出す前に口が塞がれ、飲み込むより術はなかった。

「私が陛下からされたことを全て貴女にするわ。その姿を見て、記憶に焼き付けるの。似ている貴女なら、きっと昨日の事のように思い出せると思うのよ」

 もしかしたら、あんなに酷いことをされながらも愛されていたのかもしれない。そんなところを、少しでも思い出せたなら・・・、と小さく呟く王妃の声が微かに聞こえた。


 翌朝、ベッドの上で目覚めた空は、ぼんやりと昨夜の事を思い出していた。

 瞼は重くて持ち上がらない。手足も、感覚はあるが動かすことは出来なかった。

(・・・ジーナの荒療治の後に、似ています)

 身体の中の感覚は、あの時の翌朝のものと似ていた。

 意識ははっきりと目覚め、昨晩の事を明白に思い出していた。王妃の命令通りに動く身体は、与えられる刺激に反応して声を上げた。何度意識を飛ばされたか数える気力もない。

 明日以降も連れてゆくと言われ、だから今晩は目立つところに跡は着けないと言われ、頭の中は恐怖で満たされていた。


 やがて王妃と侍女たちがやって来て、身繕いをするよう命令される。

 誰かに命じられれば、その通りに身体は動いた。

 空はそれに従う事しか出来なかった。


 ホテルを出る前にもう1度コルピのスムージーを飲まされ、空港に着いた時は命令通りに立っていることも難しかった。

 そんな中、ふと彼が自分を呼ぶ声が聞こえる。


(・・・助けてください・・・博・・・)

 霞んだ視界の中に、彼の姿を見つけたが、声さえ出せないまま命令通りに足を運ぶ。そして直ぐに、空の意識は疲労と共に闇の中に沈んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ