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14 Milky way

Milky way・・・天の川

 アンタレス号の一件も解決を迎え、事後処理も終わったFOI日本支局の捜査官たちは、明朝には帰国する運びとなった。

 それまでの数日間、博は空を片時も傍から離さず、どこに行くにも連れ歩いて、暇を見つけては街歩きを楽しんだりカフェ巡りなどをしていた。当然毎晩彼女を腕の中に閉じ込めて、その存在を確かめるかのように抱いて眠った。

 そして明日の朝にはG島を発って日本へ帰るという夜更けに、博は空を誘って夜の散歩に出る。


 真夜中近くのビーチにはまだ若者たちがたむろしていたが、それでものんびりと歩いて行けば、やがて人影も無くなり喧騒も届かなくなる。

 リゾートホテルが並ぶ大通りからの光も薄くなり、夜気が涼しく頬を撫でた。

 打ち寄せる波の音だけが優しく辺りを包み、雲1つない夜空には満天の星々が輝いている。


 肩を並べて歩いてきた2人だったが、ふいに空は彼の傍を離れ波打ち際に向かって歩くと、立ち止まって肩越しに振り返った。

 そして精一杯感情を抑え、いつも通りの口調を意識して淡々と言葉を紡いだ。

「博・・・私はFOIを退職します」



「何時にします?」

 けれど博は穏やかな笑みのまま、少し距離を置いた空に歩み寄りながら答えた。

「・・・やはり驚かないのですね」

「ええ・・・全部解っていますから」


 空の身体の事は、トレーニングの計測結果やドクター・ヴィクターの話から全て解っていた。捜査官として働き続けることが出来ない事も、その後に残された時間さえも。

「空が自分で判断して決めるだろうと思っていました。で、手続きは何時にします?」

 博は何でもない事のように、笑顔で彼女の顔を覗き込む。

 空は一瞬、自分が職場を離れて傍にいる時間が減ることを、彼は何とも思っていないのだろうかと思ってしまった。

「・・・日本に戻ったら・・・直ぐに」

 寂しい気持ちが表に出ないように、けれどきっぱりと空は答えた。

「では、僕もそれに合わせて辞表を出しましょう」

「えっ!」


 博がFOI日本支局の局長という立場を捨てることなど、考えもしなかった空は驚きの声を上げた。

「博が辞めることはないのでは?」

 思わず問い返した空に、彼は当たり前だという表情で答えた。

「ずっと傍にいる、と言ったでしょう」


 唖然としたままの彼女の肩を抱いて、博は波の音を聞きながら黒い海に顔を向けて話し始めた。

「今まで誰にも話した事は無いのですが・・・何だか気恥ずかしくてね。まだ現役の捜査官だった頃から、僕には仕事で叶えたい目標があったんです」


 視力を失う前、まだ駆け出しの捜査官だった頃からの仲間だった友人を失った。親友とも呼べる間柄だった同期の友は、ある任務で命を落としたのだった。

「危険と隣り合わせの仕事ですから、殉職することは皆覚悟をしているものですが、友人の死に方に僕は納得できなかったんです。その時のチームリーダーは、彼を捨て駒のように扱ったんですよ」

 捜査官も1人の人間であり1つの命だ。使い捨ての道具では無い。

 そんな憤りは強い想いとなり、大きな目標を生み出した。

「だから僕は、チームリーダーになろうと決心しました。部下を絶対に捨て駒にしない、そんな作戦を立てられるようになりたいと思ったんです」

 そんな想いは、視力を失っても消えることは無かった。むしろより強く心を支え、そして長い時間をかけて目標に向かってコツコツと努力した。

「チームリーダーとしてやっていた時に、FOI日本支局の局長の話が回って来たんです。そして空、君に出会った。君と一緒に、日本支局を僕の理想の形にしようと思いました」


 仲間の命を大切にし、誰1人捨て駒になどせず、お互いを尊重する。

 そして家族のように暖かい雰囲気で、けれど全力で任務にあたる。

 そんな支局を作り上げた、と今は自負している。


「だからもう、仕事に関しては僕は完全に満足しているんです。これ以上、地位に固執するつもりはありません。寧ろ満足した状態で安穏としていたら、碌な事が起こらないのが世の常です。だから後の事は、彼らに任せようと決めていました」

 FOI日本支局長の後任には豪を推薦し、本部の内諾は得ている。そのつもりで、博は自分の人脈やコネを彼に教え本部との交渉スキルなども伝授した。

 真と小夜子は嘱託捜査官を続ける意志が固いが、春は専任捜査官となって豪を支えると言ってくれるだろう。ジーナとエディの事も、心から信頼している。そして勿論、スタッフたちも。

 後の事は何も心配いらない。自分と空と、仲間たちで作り上げたFOI日本支局は、これからも同じように続いていくだろう。その過程で、より良い方向に進化すれば良い。互いを暖かく思いやり、尊重しあえる場所であればメンバーが替わっていっても良いのだ。

 だから自分は、職を辞して愛する人の傍にいることを迷いなく選んだ。


「誓ったでしょう?ずっと傍にいる、と」

 揺るがない決意を奥底に秘めた限りなく優しい瞳を、空は吸い込まれるような気持ちでただジッと見つめていた。


 何か言おうとして、微かに唇が震える。

 けれどそれは言葉にならず、涙だけがこみあげて来る。

 星影を写す空の黒い瞳から溢れた涙が、頬を伝って流れ落ちた。


 博はそんな彼女の頬に手を添えると、暖かい唇でその雫を拭い、そっと彼女の身体を抱きしめる。

「これも、約束しましたよね」

 泣く時にはその涙をキスで拭い、腕の中に閉じ込めると。

「・・・・はい・・・・」

 空は小さく呟いて、彼の胸に顔を埋めた。


 胸の中に湧き上がり満たされる暖かいもの。

 心が震えて涙が出るほどの歓び。

 これが幸せでなければ、何なのだろう。


「博・・・私は幸せです・・・」

 空は漸く言葉を紡いだ。

「初めて・・・生まれてきて良かったと・・・生きてきて良かったと、素直に思えます」

 全てを受け入れて淡々と生きてきた子供時代さえ、今のこの時に繋がるものならば、それに感謝の気持ちさえ芽生えてくる。

「空、退職の手続きが済んだら、旅行しましょう。先ずはA国に里帰りして、アンジーに全てを話さないと。そして君の両親と僕の母と伯母の墓参りをしましょう」


 きっと胸を張って報告できる。

 こんなに素晴らしい伴侶を得たのだと自慢できる。

 そして今こそ、自分たちをこの世に生み出してくれてありがとうと言える。

「それが終わったら、時間が許す限り色々な場所を巡りましょう。君が見たい物と思うものを見せたいし、そんな風景の中にいる君を、僕も知りたい・・・」


 緑濃い木々、小さな花が咲き乱れる草原、どこまでも流れる大河、荒涼とした砂漠でさえ、空がそこに立つならそれは素晴らしい景色となるだろう。

 そんな中で微笑む彼女を、抱きしめてキスをしたい。


「海外じゃなくても、日本国内でも、どこでも・・・そうですね、ご当地スイーツの食べ歩きなんていうのも良いんじゃないですか?」

 博は急に、妙に現実的な提案をした。今までの雰囲気を壊すようでもあるが、空が楽しめる事なら何でもやりたいと思う気持ちの表れなのだろう。

 空はクスっと笑うと、彼の胸から顔を上げた。

「・・・ありがとうございます。食いしん坊を満足させる提案をしてくれて」


 けれどそれは、夢の中のような幸せではなく、現実の幸せかもしれない。

 今ここに立っている世界で、確かなものとして自分を包む幸せなのだ。

「私を、フルネームで呼んでください。そういう機会は、あまり無いので・・・」

「・・・高木、空?」

「はい、あなた・・・」

 空は嬉しそうに返事をした。

 彼の妻であることが、現実感を伴った喜びとして身に染みわたる。



 やがて、空は顔を上げて夜空を見る。

 輝く星々が作る星座の中を、薄布がたなびくように白く浮かぶ砂のように小さな星の集まり。

「・・・Milky wayが・・・綺麗です・・・」

 夢見るような口調で囁いた空に、博は彼女の視線を追うように顔を上げた。

「ええ・・・天の川ですね。綺麗です」

 川の流れでも道の行き先でも、その辿り着く場所はどこなのだろう。

「明日に向かっていくような、そんな気がします」

 空は歌うように囁いた。

 それは、博が彼女に最初に会った時と同じ、音楽的な響きの美しい声だった。


 互いに寄り添って

 温もりが伝わるくらい傍にいて 

 瞳を見つめ合いながら時の流れに身を任せよう。

 まだそこにある明日に向かって。


「空、愛しています。君も、僕を愛していますね?」

 それは自ら『愛しています』を言うことが出来ない彼女のための言葉。

「はい、博とおなじくらいに」

 空はそんな彼の心を嬉しく受け止め、綺麗な笑みで答える。

「それは凄い。お互いに∞と言う事ですね」


 ふんわりと浮かぶMilky wayのその下で

 どちらともなく唇を重ねた博と空を祝福するように

 満天の星空が瞬いて

 Milky wayが、オーロラのようにゆらゆらと波打つような気がした。


「空 Sky full of stars 」はこれで完結になります。

シリーズ「Life of this sky 」のメインストーリは終わり、次の「空 蒼穹の彼方」がエピローグの形となります。

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