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10 Gemini

Gemini・・・双子座

 都内にあるターミナル駅の地下街で、爆破事件が発生した。

 FOI日本支局は、警視庁からの応援要請で出動する。

 これが後に続く事件の発端だった。


 地下街の奥まった場所で起こった爆発は、連鎖的に火災や崩落を引き起こし、現場は大混乱になっている。支局は事の重大さを考慮して8人全員が急行したが、到着した時は仮本部も指示と報告が飛び交う有様だった。

「高木局長!待っていました。よろしくお願いします!」

 橋本警部補は汗が浮いた額もそのままに、挨拶も省略して簡潔に現場の詳細を説明した。


 爆発の規模は通常の爆弾テロよりも大きく、過去にあった手製爆弾のものよりはるかに威力が大きいようだ。最初の爆発は地下街である地下1階から、地下2階の業務用駐車場に降りる階段付近だったらしい。その近くに可燃性物質の貯蔵倉庫があったので、被害がより拡大したと考えられる。

 現在は避難誘導と救出をメインで動いているが、FOIにはその手伝いと爆破現場の初動捜査をして欲しい。地下街自体がかなり危険な状態なので無理はしなくて良いが、現時点でそんな事を頼めるのは捜査官たちだけだ。


 状況と協力内容を伝えた警部補に、博は力強く肯くといつものように落ち着いて指示を出した。

 春は仮本部で情報中枢となり、小夜子は地上で救護の手伝い。真とジーナ、豪とエディがそれぞれコンビになって避難誘導と救出の手伝い。博は自分も空と組んで、爆心地近くの調査を主体にして行動することにする。

 捜査官たちは、直ぐに地下へ降りて行った。


 地下街は稼働した消火設備のお陰もあって、火災は殆ど収まっていたが辺りは暗く瓦礫が散乱していて進みづらい。けれど奥に進めば避難できる人々は既に出口に向かっており、人影も無くその声も届いては来ない。

 博と空は、周囲に声を掛けながら生存者を探しながら歩いた。

 けれど、爆心に近くなると見つかるのは遺体ばかりになる。それでも見つかれば、インカムで報告しながら博と空は1人1人確認をしてゆく。

 やがて2人は、地下の駐車場に降りる階段近くに到達する。そこにも瓦礫の下に遺体が1つあった。何とか判別できた着衣は、配送業者の制服のようだ。近くにはねじ曲がった台車のような物がある。

 階段の傍には、業務用エレベーターがあった筈だ。けれど爆発のせいで、壁は崩れ床は抜け落ち階段の部分は大きな亀裂が入っていた。エレベーターも原形を留めていない。

「これでは、下に降りるのも難しいですね。この辺りで引き返した方が・・・ん?」

 その時、床の亀裂の隙間から声が聞こえたような気がした。博でなければ、聞き取れないほどの音だった。彼は床に膝をつき隙間から呼びかける。

「誰かいますか!・・・聞こえますか?・・・返事を・・・うわっ!」


 そこまで声を掛けた時、博の足元の床が崩れる。

 咄嗟に駆け寄り、空は落ちてゆく彼に向かってウィップを投げた。


 空のウィップは正確に博の腕を捉えるが、その瞬間、彼女の足元も崩落する。空は咄嗟に周囲の状況を見て取って、2人の身体が直接下に叩きつけられないようウィップを操作した。

 何とか衝撃を抑えて落ちた先は、ガランとした空間だった。普通の駐車場より天井が高く、落ちてきた穴は10m近い高さにある。業務用の車は隅に1台だけ横転した軽トラがあったが、火災の影響は受けなかったらしい。左程広くない駐車場は電源も落ちていて真っ暗だが、天井に開いた穴のお陰で、空は充分に辺りの様子を見て取れた。博の方は視覚障碍者なので普段と変わりないことになるし、アイカメラの暗視モードを使えばある程度把握できた。


「空、大丈夫ですか?すみません、助かりました」

 落ち着いた博の声に、空も同じように冷静に答えた。

「はい、私は大丈夫です。博は?」

「僕も無事です。ちょっとお尻を打ったくらいですよ」

 お互いの無事を確認すると、博は先ほど聞いた声の主を探す。空はスマホをかざして照明の代わりにするが、地下1階と言う事もあって通信は難しい状況だと気付いた。

「博、スマホでの通信は無理そうです。私の補聴器の相互通信も繋がりませんが、博のインカムはどうですか?」

「・・・・ああ、ダメみたいです」

 つまりこの地下空間に閉じ込められて、助けも呼べない状況と言う事だ。

 その時、瓦礫の下からか細い声が上がった。

「・・・ダレ・・カ・・・イルノ?・・・」


 2人が瓦礫の中から救出したのは、配送業者の制服を着た若い女性だった。けれど胸から下を押し潰された形になっていて、手の施しようもない状態であることはひと目で解る。

「しっかりしてください。助けに来ましたよ。FOIの者です」

 博の呼びかけに、若い娘は眼を開けて呟く。

「・・・アア、アリガトウゴザイマス・・・シュランカイ・・・サマ」

(シュランカイ・・・マランタ王国の神話に出てくる女神の名前でしたね)

 以前、空がマランタ王国の第4王妃に拉致された時、救出に向かう途中で手当たり次第にその王国のことを調べた博だった。

「君は、マランタ王国の人なのですか?名前が、言えますか?」

 瀕死の娘は、ゆっくりと話し始めた。

「ハイ・・・ウィルマ・トゥラン・・・ニモツ・・バクダンダッタ・・ミタイ」

 彼女が話している間、空は着ていたTシャツを脱いで引き裂きそれで止血を試みている。出来ることは、全てしたかった。

「クーデター・・・レジスタンス・・・フタゴノ、アネトイッショニ・・・ニホンニキマシタ。スコシ・・・ニホンゴデキタカラ・・・アネニツタエテ・・・」

「お姉さんも日本に来ているんですね。名前は?どこにいるんですか?」

 ウィルマ・トゥランと名乗った娘は、苦しそうに息を吸うと何とか言葉を絞り出した。

「・・・『ワン・トゥラン』・・・ミナトノ・・・フネ・・・ノッテル・・・『アイシテル』ッテ・・・ツタ・・・エテ・・・」

「必ず伝えます。約束します」

 博の言葉に、ウィルマはふわりと笑って言った。

「アリガトウ・・・ヒトリデ・・シヌノハ・・・コワカッタ・・・ノ・・・」

 そして彼女は静かに目を閉じると、フッと小さな吐息を漏らして頭を落とした。

「・・・空?」

 博の傍で彼女の手を優しく取っていた空は、目を伏せて頭を振った。


 ウィルマの両手を組ませてやり、空は頭上を見上げた。

 彼女を助けることは出来なかったが、ここでただ彼女の死を悼んでばかりいても始まらない。自分たちがここにいることを、外に知らせなければならないのだ。今、出来ることはそれだけだ。

 博と一緒に落ちてきた穴は、ウィップを使っても上がれそうになかった。

 スマホを放り投げて穴から外へ出すことも考えたが、出した場所の電波状況に不安が残る。

 ふと空は駐車場の高い天井の隅に、やや大きめの亀裂が入っている場所を見つける。あの位置なら、地下1階から地上へ出る階段に近い。


「博、あの亀裂からスマホを出します。あそこなら、GPSで誰かに情報が伝えられそうですから」

 空はそう言うと、ブラジャー1枚になっていた胸の谷間にスマホを押し込み、助走をつけてウィップを飛ばす。天井からぶら下がるパイプを利用して、弧を描くように跳ぶと左手を亀裂の縁に掛けた。

 けれど脆くなった部分は崩れ、空は目的を達しないまま落ちる。宙で体勢を整え軽く床に降り立つと、空は距離を変えて再度試みた。

 何度も同じことを繰り返し、それでも止めない空に博は思った。


 助けることが出来なかったウィルマに対する、悔しさとやるせない気持ち。異国の地で果てた彼女の寂しさに対する共感。心中に生じた、そんな気持ちを上手く処理できずにいるのだろう。今、自分が出来ることに全力で向かう事で、そのごちゃまぜの心の中を落ち着かせようとしているように見えた。

(慣れていないせいもあって、まだ不器用なんですね・・・)


 けれど、そろそろやめさせた方が良いだろう。焦らなくても、通信が途絶えた自分たちにいつかは仲間も気づくはずだ。

 博は立ち上がって彼女に近づき声を掛けようとする。

 その時、跳んだ空の左手がしっかりと天井の亀裂に引っかかった。空は右手のウィップを外すと、胸に挟んだスマホを取り出し、左手1本で身体を少し持ち上げると、亀裂の隙間からそれを外に出した。


 トサッ・・・

 目的を果たして落ちてきた空の身体は、博の腕の中に抱き止められた。

「やりましたね」

「・・・はい・・・出来ました」

 空は息を弾ませ、汗で濡れた額でニコリと笑った。キラキラと輝く瞳が、達成感と嬉しさで満ちている。博はそっと彼女を下ろすと、自分のシャツを脱いでブラ1枚のその上半身に着せかける。

「これで気づいて貰えるでしょう。その時に、この姿を誰かに見せくないので」

 彼はそう言って微笑むと、空を伴って壁の隅に座りその身体をしっかりと抱き寄せる。

「ここで、待ちましょう」

 そして彼は、そのまま考え始めた。

(寂しさやツラさを覚えた空が、これからもずっと、そんな想いを出来るだけ味わわないで済むようにしなければ・・・覚えさせたのは、僕ですからね)

 彼の腕の中で落ち着いてきた彼女の呼吸を感じながら、博は思い出していた。


 空が異所性妊娠でFOI病棟に入院していた時、博は以前からずっと気になっていたことを、ドクター・ヴィクターに尋ねてみた。

 第4王妃の事件が終わって、やっと彼女の心と体は回復したが、以前と比べるとどこか雰囲気が違う。どこがどう、とは言えないが、不安になる。訓練での計測値も、少しずつだが下がってきている。

 そんな博の言葉に、ヴィクターはそっけない返事をしただけだった。

「・・・まだ、彼女は言っていないのか。自分で言うといっていたからな、こちらとしては何も言えない。患者の意志を尊重するだけだ」

 けれどその言葉は、博が抱いた不安を裏付けるものだった。


 彼は自分のスキルを駆使して、カウンセリングをするようにヴィクターと会話を続け、医師の言葉の中から真実を拾い集めてゆく。

 そして結局、ドクター・ヴィクターは結果的に彼女の事情を全て博に伝えてしまった形になった。


 全てを知った博は、自分自身はこれからどうしようかと考える。

 けれど結論は1つだった。

 彼女の傍にいること。

 それが、ただ1つの答えだった。


 双子座の神話。

 双子の英雄たち。戦死した兄を追って、不死の弟は自分の命も取り上げてくれるよう神に頼んだ。

 そして2人は、星座になった。離れがたい相手と、永遠に傍にいることを望んで叶った。

 博は、とりとめもなくそんな事を考える。

 離れがたい存在を、その腕に閉じ込めながら。


 滅びた後の世界のような、瓦礫に囲まれた場所。

 明けない夜が始まるような、薄暗がり。

 そんな中で、彼の腕の中にいる空はただ安らいでいた。

 ずっと、このままでいたい。

 けれど、そんな満ち足りた想いは言葉にならない。


「お~~い!そこにいるか?」

 やがて、亀裂の隙間から声が掛かり、博と空は無事救出された。


 翌日、支局は捜査官全員に情報の共有を図ると、今後の方針を決定する。

 昨日の爆破事件に使用された爆弾の出どころは警察の方に任せることとし、支局はマランタ王国の方面を調査することにした。ウィルマから預かった伝言も、彼女姉に伝えなければならない。

 春の調査結果で、現在マランタに向かう予定の船はY港に停泊している大型クルーザー1隻だけだった。捜査官たちは、Y港に急行した。



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