禁断とコスモス
群生した黒い花。
乱暴なタッチと凶暴な色彩は、見る者の足を自然と止めた。
廊下に飾られたそれに私も足を止めたが、理由は猛々しくも繊細に感じる絵ではなく、その下に静かに佇むプレートを見てしまったからだ。
チョコレートコスモス
吾妻 青
「……あづま、しょう」
思わず呟く。
ここが大学構内だとは信じられないほど静まった廊下で、私の声だけが響く。
その名前の音は、私の深い場所に何かを落とした。
憎しみだろうか。哀れみだろうか。
それとも、恋しさだろうか。
わからない。
しばらく時間を忘れて絵を見ていたら、ふと背後に気配を感じた。
ピリッとした濃厚な気配。
私は一度目を伏せて、ああ、なんて懐かしい、と苦笑する。
「絵がうまかったのね」
「……まあ」
「でも少し、怖いわ」
本当は美しいとも思っている。ただ、鬼気迫るその荒々しさは一瞬花にすら見えない。
「久しぶり」
彼が言う。私の隣に立って、自分の絵をじっと見ていた。
「久しぶり。最後に会ったのが十二歳だから……」
「十年ぶり」
「ああ。そうね、元気にしてた?」
頷く。
十二歳、塾で彼と親しくなった。
彼は一人大人びていて、いつも張りつめた空気を持っていたが、ある時缶ジュースのプルタブを起こすのに苦労している所に偶然居合わせてしまった。
二人とも気まずそうに顔を見合わせて、私か彼か、どちらかが先に笑い、私たちはその日からひっそりと話すようになった。
しかしそれもたった一ヶ月ほど。
迎えにきた母達に見られ、母は彼の母に恐ろしく冷たい声で小さく言った。
夫だけでは足りませんか。
そして私の手を引き、こうも言った。
あれは愛人の子よ。あなたのきょうだいなの。もう話してはいけません。わかったわね。
「大学が同じだって事も知らなかったわ」
「親父さんの思惑だろうな」
「十二の時で懲りなかったのね」
「俺たちにきょうだいでいて欲しいのさ」
「同い年の男女にきょうだいになれなんて、頭のなかに何が詰まってるのかしら」
「あの人は無駄に優しいから」
「私に優しかったことなどないわ」
「嫌味だよ」
思わず笑うと、彼が私を見た気がした。
見てはならない。
あの塾の庭にあったチョコレートコスモスの前で、一度だけキスをした。
彼が私を見る目が、あまりにも真っ直ぐで、綺麗で、私は自分が宝物になったような幸福感に包まれたのだ。嬉しかった。
彼と目をあわせてはいけない。
見てしまっては、私はきっと、幸せすぎる地獄に足を踏み入れることになる。
それでも、
読んでくださり、ありがとうございます。
1000文字以内って中々難しい。