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98話 ダミー

「――やられた……。近づいてみれば明らかに穴が開いてるってのに……これもスキルが強化、増長された結果か。それにこのダミー……。スキル使用者をどうにかしないと消えないってか?」

「いいか、集中してる今がチャンス。ゆっくりゆっくり歩けば錦さんだって――」

「気づいてるぞ宮下。というかこの状況で逃げようなんてな。ある意味が肝が据わってるというかなんというか……」


 来た道を戻り一先ず施設の出入り口まで移動していると、途中にある檻の中に錦さんがいた。

 その姿はスキルの効果なのか、それとも何か特別なアイテムなのか、元気そのもの。

 

 それどころかさっきよりも筋肉は膨れているように見え……面倒事に関わらないようにしようとする宮下さんに突き刺さるその視線まで迫力満点。


 脱獄犯が出たことの恐怖や不安よりも、今にも宮下さんに対する説教が始まりそうなこの雰囲気の方が俺としてはしんどいな。


「そんなことより脱獄犯はやっぱり他にも? ってそれは……人?」


 仕方なく俺が話題を逸らそうとすると陽葵さんが代わりに口を開いてくれた。

 この絶妙なタイミング、やっぱりハチを通じて全部……。


 だとしたら俺のこれからの生活窮屈になり過ぎじゃ――


「全部が全部伝わるわけじゃないから大丈夫。それより……あんまり気を抜いていると足元を掬われるかもしれないわよ、ご主人様。ほらあれ見て」

「え?」


 俺の思考を読んで余計に不安を駆り立ててくれたハチは錦さんに向かって、ではなくその奥にいた人間に人差し指を向けた。


 それに視線を移す。そして陽葵さんが疑問符を浮かべた理由を理解する。


「この人たちに精気がまるで感じられない……。だけじゃなくてそんなことに、ようやく気づけた」

「そういう性質を持つダミーを作るスキル、或いは意識を逸らすスキルとダミーを作るスキルの併用かしらね。もしこれが後者だったなら……」

「ボケっとしている間に一撃だ。恥ずかしながら俺はお前らがここにに来る前一発もらっちまったよ。ま、大した威力じゃなかったけどな。いや、俺の鍛え方が良いからダメージをもらわなかったのかも。なんてな。あははははは!」


 脱獄犯が使ったスキル、強化されたスキルの厄介さを実感して危機感を募らせると錦さんがそれを吹き飛ばすように笑ってみせた。

 その笑い声は大きく、長い。


 だけど……。



 ――コロ、ス。



 か細いその声は確かに俺の耳に届いた。

 小さいがこの声には聞き覚えがある。聞き覚えがありすぎる。


「慎二……」

「シネッ!」


 振り向けば声の主は既に拳を振り上げていた。

 

 精気が感じられない顔。これは本人じゃなくてダミー。ということは……。


「お前も、脱獄犯たちの一員ってわけか。加わった理由は、俺への復讐か?」

「クソ! ハナセ! コロス! コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロ――」


 俺は憎しみに満ちた慎二のダミーに問いかけながらその手を掴んだ。

 そして同じ言葉を連呼するそのダミーを黙らせるために顔面に拳をめり込ませる。


「グ、ア……」

「本物は今どこにいる」

「……。シラナ――」


 倒れたダミーが白を切ろうとしたから今度はその腹を蹴り飛ばす。

 ダミーだがスキルが強化されたことでより人間らしさ、本人らしさを獲得しているらしく、痛みで表情はひどく歪んでいる。


「お前らは消えることはできないんだよな? ならいくらでも殴り続けられるってわけだ」

「オマエ……。ヤメ、ロ」

「だったら言え。俺に対する復讐心を持ってるくらいだ。本人の居場所くらい分かって当然だろ?」

「……。ダンジョン。カイダン、クダッテル」

「ダンジョン。しかも下を目指してる、か……。その目的は――」

「キキ! バカメ! オレハカゲ! スグニ、ウゴケルヨウニナ――」

「面倒だがこいつらは思いっきりダメージ与えないと逃げようとする。こりゃあ何人かここに助っ人を呼んで、スキル使用者が倒れるまで注意してないよいけないな」


 俺がさらに問い詰めようとすると、慎二のダミーは素早く逃げようとした。


 しかしその行動を読んでいた錦さんはいつの間にか先回り。殺気全開でダミーを何回も何回も容赦なく殴った。


 そのお蔭で慎二のダミーはもう話すことも動くこともできず沈黙。既に錦さんと戦闘をしていたであろう他のダミーの中に加えられた。


「ったく。こっちは怪我人なんだ。あんまり仕事は増やさないで欲しいもんだぜ。と、いうわけで俺はこいつらを見ていないといけない。悪いがお前たちには早速仕事を任せたい。仕事内容は探索者協会への即時報告――」


 やれやれといった様子で錦さんは俺の顔を見た。

 するとその顔は少し驚いたような表情に変わった。


 周りを見ると宮下さんや苺も似たような表情。


「あの、分かるけど……ちょっと顔が強張り過ぎよ」

「え? あ、俺……。すみません」


 陽葵さんが俺の頬にそっと触れた。

 それによって顔から力が抜け、自分がどれだけ顔に力を入れていたか知る。


 これは慎二の迷惑行動への怒りからなのか、それとも慎二が頑なにあの時に戻ろうとしてくれていないことへの憤りからなのか……。


「はい。イチャイチャは終わろ終わり! 神様のお願いに慎二たち脱獄犯の捕縛。やることはいっぱいよ。行きましょう、ダンジョンへ。私の縄張りよりも深い所へ」

「ハチ……。そうだな、早く――」

「な、なに言ってるの! 私たち別にイチャイチャなんてしていないんだけど! ね、苺ちゃん? 宮下さん?」

「してた」

「してましたね」

「!? ……。も、もう! みんなして大人をからかって! は、早く行きましょう! 探索者協会に!」


 顔を真っ赤にした陽葵さんは足早に出口に向かっていく。

 

 ちょっとからかわれただけだから適当にあしらえばいいだけなのに……。

 そんな風にあからさまに恥ずかしがられると俺まで恥ずかしい気がしてくるじゃないですか。

お読みいただきありがとうございます。

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