96話 制限
「ハチ……。……。さっきの竜にその鱗……。ああそうか。あのモンスターたちが、こんな風に……。はは。そうか、そんなに時間は経っていたのか。案外、あっという間だったな」
拘束された男性は天を仰ぐ。
その表情はどこか嬉しそうな、そしてなにか諦めたようなものにも見える。
「その言い方……。やっぱりあなたが神様なのね」
「神様、か……。こんなに無様で、もう十分に動けない存在がそんな風に言われていいものかどうか、甚だ疑問なところだ。それに……お前たちを作った時と今とでは全然違って見えるだろ?」
ハチの問いに対しての男性の反応。やはりこの人が神様で間違いはないらしい。
まぁ本人も言うように神様という言葉が相応しいというには難しい風貌ではあるが。
「……。うん全然違う。違い、ます。……。一体神様の身に何があったんですか? 人間に対してそのような反応をなさるのは一体――」
「人間。正確には『地上の人間』、『地上の人間の息が多くかかった人間』に対して、だな。そこの傷だらけの男はそれに該当する。だから俺はあいつら、お前たち地下の人間を――」
――ビリ。
拘束された男性、もとい神様が話を進めようとすると電流の流れる音が微かに響いた。
すると神様の額からは一滴の汗が。
この干上がった体から汗が一瞬にして湧き出るなんて……相当な何かが神様の身に起こったのだろう。
「残念だが、話せない。話せばここまで耐えてきた努力が全て水の泡。俺も、ダンジョンも、お前ら『地下』の人間も消えてなくなる。俺にできるのはこのダンジョンを生かすこと。それと地下の人間や一部モンスターの力を『増長』してやることくらい」
「……。増長、か。それが橋田たちを脱獄犯にさせた元凶か? 俺はお前の言うところの地上の人間の息が多くかかった人間に該当するらしいが地上に興味はないし、ただ自分の仕事を全うしたいだけ。だから、質問に答えて欲しい」
「……。なるほど。お前は末端も末端で、本当に何も知らない。というより……。いや、これも言えないな」
肝心なことは話せないとうつむく神様をこの場にいた全員が責めようとはしない。
それくらい神様には悲壮感が溢れていた。
重苦しい空気が流れ始めようとする中、再び錦さんが神様に話しかけた。
そんな錦さんの真っ直ぐな瞳のお蔭か、それとも何かを感じ取れたのか、神様は錦さんを無下にすることはなく口を開く。
とはいえ、苦手意識はあるのかハチの時ほど柔らかい表情は見せないが。
「言いかけた言葉が気にはなるがそれよりも『増長』は――」
「さっきの男には使った。それに、ここに近づいた一部の人間にもな。それがおそらくお前たちの言う脱獄犯なのだろう」
「……そうか。まったく面倒なことしてくれやがって。それで、その『増長』ってスキルの効果を教えてもらえるか? このままじゃダンジョン街がどうなるか……」
「構わないが……。多分あいつらを捉えるよりも先に地上の人間が……。いや、そういえば何故ここまで会話をして俺は、ここは、平気なんだ? もしかして地上で何かあって……。……。となれば今がチャンスなのか?」
「あのさ。久々に人と話したんだろうけど、あんまりぶつぶつ言うのは止めてくれるか? 全然話が進まん」
「……。その態度。いくら末端の無知とはいえ、腹が立つ。それに、これ以上話すのは、もう……。となればその前に……ハチ、いまこそダンジョンの、俺の、俺たちの反撃の時。育だった竜たち……それだけじゃない。そっちの人間のような存在を集めて……準備を。それと、俺の身体には決して触――」
「お、おい!」
錦さんとの会話の最中、神様は突然言葉を発さなくなった。
一瞬死んだかと思ったが寝息は聞こえる。どうやら久々に話をしたことが神様の身体に大きな負担となったのだろう。
起きるのは……最後の言葉からしてかなりの時間を要する、か。
「寝ちまったか。聞きたいことは山ほどだって言うのによ。はぁ。とにかく俺は施設と閉じ込めてる奴らの様子を確認してくる。あ、この場所も含めてモンスターを収容するのはもう自由にしてくれ」
「え! ちょっと錦さん! その傷で!? てかこんなところに俺たち置いて行っていいんですか?」
「宮下! なにか変なことしたらフルボッコにするから覚悟しておけよ!」
「なんで俺だけ罰ありなんですか!?」
「それと、お前らはこの件の関係者! ちょっと後になるかもだがたっぷり仕事してもらうからな!」
「えーっ!」
傷だらけとは思えないほど元気な様子で錦さんは小走りでこの場を後にした。
ここってかなり重要な場所って言ってたのに……。まぁ今の戦闘の含めて俺たちが信用に足る存在だってしっかり証明できたと思うことにしよう。
「――それにしても酷い有様ね。話せていたのが不思議なくらい」
「……神様。私の、生みの親。縄張り争いは辛かったし、なんで姿を見せてくれないんだって怒鳴ってやりたいって思ったこともあったけど……。こんなことになって……。不思議。顔を合わせた時間は少ないのに、私こんなにイライラしてる」
改めて神様に近づき、その顔を見つめる陽葵さんとハチ。
今にも泣き出しそうな表情のハチの背に陽葵さんはそっと手を当てる。
その温もりがハチの気持ちを緩ませたのか、堪えていたであろう涙が次第に零れ始め、神様の顔に落ちた。
――ビリ。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、何でもないです」
その瞬間微かにまた電流の流れるような音が聞こえた気がした。
でも辺りに変化はなかったから俺はそのことを無視。
しばらくして一先ず苺たちのモンスターがここで暮らせていけるよう清掃等を済ませてこの場を後にしたのだった。
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