62話 涎剣
ハチは口に突っ込んでいた腕を引っこ抜き、口から大量の涎を溢しながら、剣を生み出した。
俺が使っているものよりも、刀身が研磨されたように滑らかで、明らかに質が高いのが分かる。
それにわかりにくいが、その刀身は細かく振動している。超音波カッターの要領でその切れ味は格段に向上されていそうだ。
涎でべちょべちょでなければ俺が使いたいくらいの逸品。
そう、涎がなければ。
「よっと。危なかったわ、って汚……。じゃなくてありがとう!ありがたく頂戴するわ!」
陽葵さんはゴブリンチャンピオンの攻撃をバックステップで回避。そのまま転がるようにしてハチの元にたどり着くと剣を受け取った。
「遥様くらいステータスが高ければ、あれを斬るのにここまでのものは要らないんだけどね」
「弱くて悪かったわね」
「そうね、陽葵は弱い。でも見て。この剣は切れ味に特化している分、細くて耐久力がない。それに作るのに魔力を多く消耗する。すぐに生み出すこともできないの。だからこそ、遥様じゃなくて陽葵用なの」
「玄人向けってことね。嫌いじゃないわそういうの」
「それと、この剣は仮契約の場合体力も魔力も持ってかれるはず。私はあくまで魔力の操作に長けているモンスターだから、武器として完璧なものは作れないってわけ。だから――」
「そういったモンスターがオススメ、それとこの戦いは速攻で決めないとまずいってわけね」
「ま、負けても遥様がいるからまずいってわけじゃないけど」
「教え子の遥君に頼るってのは、私にとってまずいを通り越してアウトなの、よ」
陽葵さんは剣を正面で構えると、思い切り踏み込み、ゴブリンチャンピオンの元へ飛び込んだ。
ゴブリンチャンピオンは標的が自らやってきたことに気を良くしたのか、笑い声を溢しながら再びその両手で陽葵さんを捕まえようとする。
しかも、その動作はさっきよりも素早く、完全に陽葵さんの動きに対応している。
このままだと間違いなく、あの巨大な手に捕まって締め上げられる。
「ちょっとサポートするくらいなら、軽く叱られるだけで済むだろ。『超水流圧殺砲』――」
「待って。その必要はないわ」
「ハチ……。だけどこのままじゃ……」
「私の剣は脆い。でもね、使い手が良ければ――」
「ぐああ!?」
「受け流しただけで……。とんでもない剣ね」
サポートをハチに止められた直後、ゴブリンチャンピオンの右手の薬指と小指が切断された。
というのも、陽葵さんは振り下ろされたゴブリンチャンピオンの手を受け流すため、その端により、 敢えて剣を軽くあてがったのだが、その流麗な所作故に剣が軋むよりも先に攻撃の威力が空に逃げ、その流れで指を斬ったのだ。
俺だったら無理やり受けて、力任せに斬り伏せるだろうが……。
「剣技は遥様より数段上。でもそれ故に私の剣じゃそれを生かしきれない。相性がいいようで悪いのよね。さて、それじゃもう1つ陽葵には実験台になってもらいましょうか。『流入』」
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