401話【陽葵視点】お母さん
「あ、ぐ……。ば、かな……この身体を上回るのか……。だ、だが、圧倒的では……ないっ! 空きがあるのであれば、どうとでもなる! 『風癒纏』」
「また風……でもそんなものじゃ私の炎は消えない!!」
「……性質に気付けないレベルまで下がっている。で、あればやはり勝ちの目が途絶えることはない!!」
矢沢と私の間に微量な風が流れる。
エアコンが出す20℃の冷風くらいの心地良さは便利に思うけど、そんなもので炎は消えないし、私が快楽に落ちることもない。
この炎を消したいなら撫でるような風じゃなくて暴風じゃないと。
それなのに、矢沢は勝ち誇るように笑みを浮かべながら反撃するんじゃなくて私の攻撃が急所に当たらないように身体を動かし、ガードを固めるだけ。
その態度に怒りが募って私は炎をどんどん強くする。
感情に合わせて……勝手に強くなってくれる。
「これでも……これでもそんな顔でいられるって言うのかしら!!」
「ぐ、ぅ……」
矢沢の腕が凹み、骨が割れ、表面が焦げていく。
私が、私が優勢……もう少しで勝てる。
今の火力でも、殺せる……そう思ってたのに。
「ちっ……。しぶといわね!! でも、そんなのは無駄!! むしろ苦しい時間が増えるだけ!!」
矢沢の身体にできた火傷が、剥がれた鱗がゆっくりと再生を始めた。
私が矢沢の腹を殴っている間に、矢沢は腕を再生。
腕を殴っている間に顔を再生……。
だから一気に肉を焦がし抉ろうとするけど、矢沢はギリギリのタイミングでするりと被弾箇所をずらしていく。
押してるのに、首の皮一枚のところで死に至らない。
もどかしくて、そうなるとまた炎が強くなって……。
「――こ、れ……」
「あ、あと少しというところかな?」
伸ばした腕を炎が包み、竜の前足のような形状に変化。
視線の先には私の口を炎が竜のそれのように形成。
そしてよく見ると元の身体、生身は真っ黒に焦げていた。
私の身体が、炎と入れ替わっている?
怖い……怖い怖い怖い。
気持ちがいい。
高ぶる、殺せる。
でも、やっぱり怖い。
私は、お母さんと同じ場所に行くの?
同じ……お母さんと……。
お父さんを泣かせて……。そっか……結局私は――
「うおおおおおっ!!」
「「ヒール!!」」
大好きで、でも憎く思っていたお母さんの顔を思い浮かべていると、また仲間の声が響いた。
回復魔法をかけてくれているのか、身体が軽くなる。
そして周りを見渡す余裕が生まれる。
血で口を汚して、身体を燃やしながら突っ込んでくる前衛。
這いつくばりながら魔法を展開しようとし、さらには私の炎から逃れようとする気のない後衛。
「橘さんに、続け!」
「命をかけろ!」
危険に自ら足を踏み入れるという、自殺行為。
皆が私を追いかけて死のうとしている。
その姿は私を追いかけて強くなろうとする……その姿は遥君とだぶって、私の思考はだんだんと冷静さを取り戻していくように感じた。




