390話【陽葵視点】殺す努力
「――なるほど……。簡単には出られそうにないね。並木遥、また厄介なスキルを覚えてしまったものだよ」
「そうね。でも厄介なのは遥君だけじゃないわ」
「……威勢だけは認めよう。だが、相手の実力を測ろうとしない……いや、分かっているが無視を決め込む……そういった慎重な行動がとれない思考回路を褒めてあげることはできないな」
遥君の分配スキルによって移動したけど、会長……矢沢には焦りの様子が見られない。
それどころかじっくり辺りを観察してこんこん壁を叩いて硬さを確認する余裕まである。
敵としてまったく相手にされてない。
慣れない意気がりも教師のような語り口調でいなされて、自分の中にブロックが重なっていくみたいにイライラが募っていく。
「褒めてあげる?あなたみたいな人間に褒められたいなんて微塵も思ってないわ。まさか自分のしたことを忘れてしまったわけじゃないわよね?」
「忘れるわけがない。君たちは誰のお陰で今日まで平和に、ぼんやりと過ごせていたと思っているのかな?」
「そう……。思ってたよりも頭のネジは残ってないのね。これを見てもそんなことが言えるなんて」
宙に描かれたいくつもの魔法陣。
スキルによって身体を変化させたり、発火させたりと、戦闘態勢が整った探索者たち。
そして殺気に満ちた瞳の数々。
矢沢がその辺を歩いている最中……ううん、それよりもずっと前からここにいる探索者たちは準備を整えてきた。
ジムや自宅、この仮設ダンジョン街、それになによりコロシアムでレベルを上げながら対人を想定して戦ってきた。
人を殺すこととモンスターを殺すことの大きな違いである躊躇、遠慮……そういったものを殺すために時には本当に刺し、刺され、大きなダメージを伴う戦闘に身をおいた。
そんな大切な仲間に対してさえ本気で殺気を放てるようになった、選りすぐられたこの探索者たちを矢沢は甘く見すぎている。
「――あなたが今まで見てきた探索者たちとはもう違うの!」
先陣を切って私は矢沢目指して飛び出していく。
そしてそれに合わせて他の探索者も攻撃を開始。
魔法攻撃はできるだけ狭範囲で速効性のある刺突ダメージのあるもの、拘束できる鞭状のものに絞り、前衛の邪魔にならないよう操作していく。
時にはその魔法の上を走り、鞭を掴んで移動することであらゆる角度からの攻撃も可能。
こんなコンビネーションも矢沢を倒すためのチームを組んだときから練習に練習を重ねて、ポチちゃんを仮想矢沢に見立てて実戦訓練も怠らなかった。
始まったばかりでまだ自信も気力も充実している。
それに対して相手は慢心中。
「この間に決める!!誘惑の居合い(デコイクイックドロー)……」
私を含むすべての攻撃をかわし、受け流す矢沢の動きをよりこちらの都合がいいものにするため、隙を作るために、私は矢沢と剣を交わすことを1度止めて後退、スキルを発動した。
遠くから意識を、少しでも私のもとに逸らして他の攻撃で確実に捕らえる。
「――と、捕らえました!!皆さん!!今です!!」
「これは……。ふっ、主戦力が相手じゃないと思って温存しすぎたかな?」
そうしてそれぞれの攻撃が乱れ入る中、1つ鞭状の水魔法が矢沢の足首に巻き付いた。
と同時にその魔法主が声を上げて、大剣やハンマーを抱えた探索者たちが一斉に飛び掛かる。
「「「はぁぁぁああああああああああああああ!!」」」
けたたましい声と同時に襲いかかるそれはもう避けることはできない。
完全に捉えた。
そう思ったのだけど……。
「くっ……。ああっ!!」
屈強な肉体を持つ男性探索者たちは意図も簡単に弾き返されてしまったのだった。




