377話【宮平視点】時間稼ぎ
「――『誤解』」
どんな意図があってどこまでも膨らませることができるように、なんて案を打ち出したのか……なんとなく想像はできるものの、それを使って何をするのか特に聞くこともなく俺はスキルを発動させた。
胸の辺り、おそらく最も膨らませるという行為が次の手に活きるであろう部位、京極さん自信というよりもそんな肺という部位をイメージしながら語りかけていく。
生き物の思念を変更するような強力な『誤解』効果は俺にとってまだまだ難しくて、多分『魅了』みたいなスキルほど人に対して与える効果は強くなく、限界値も低い。
だけど局所的に効果を発揮できる……発揮させられるように絞って絞って、物体として地面や空気といったものと同じように扱っていく。
お前はどこまで膨らむ。
割れることのない風船。
柔らかく、他を傷つけない優しい奴……。
「あの……もしかして失敗ですか?なんだか、なんともないような……」
「……。答えてくれたのは、肺。京極さんの気持ちに変化がないのならむしろ成功です。凄く繊細な対象の選択、針の穴に糸を通すような感覚で難しいですけど、なんとかなりました。で、そこから出力を上げます。京極さんに合わせて」
「……お願いします」
実感のない京極さんに軽く微笑みながら、スキルについて説明をする。
正直なところ初手の発動だけでもこっちの負担は大きいんだけど、それを悟られないように表情に気を配った。
だって俺の異変に気付けば京極さんの攻撃が中途半端になるかもしれないから。
女性にお金のことを気にさせずデートするスマートでモテモテな男、それくらいのキザな自分をこの時だけは完璧に演じないと。
苺に気持ち悪いって言われないくらい完璧に。
――すぅ。
俺と視線を合わせた京極さんの言葉にこくんと頷いて返すと、京極さんはゆっくりと空気を吸い込み始めた。
勢いは感じないけど、空気の動きとこっちまで吸い込まれるような迫力を感じる。
味方だっていうのに鳥肌が立ってきたよ……。
「――拘束完了。総員魔力の出力維持!なんとしても時間を稼げ!!」
そんなこんなで俺たちが攻撃の準備を整えていると、親父たちのほうにも動きがあった。
白い棘に囲まれたリンドヴルム、その手足や首、角に至るまでどこからともなく現れた枷がはめられ、鎖が繋がれた。
棘は地面、枷や鎖は空気から成っているようだ。
本当はもっと強固な材質の物体を用いたかったんだろうけど、スキルを無効にするだけの多大な魔力を既に使っているからそれは出来ないのだろう。
そこまで負担をかけてしまえば、最悪これに加担してくれている人の命が危険に脅かされかねない。
実際もうその場に膝を着いている人だっている状況、流石の親父だって鼓舞はしても無理は言えないみたいだ。
「――う、あああああああああああ!!」
そんな努力が実ったことを告げるようにリンドヴルムは苛々とした様子で身体を捩りながら絶叫。
地団駄を踏み、地面が揺れる。
京極さんの見立てだと3分が限界だってことだったけど、これなら……。
「……。仕方ない。弾け飛ばすために、いくらかの弱体化を受け入れよう」
期待が見え始めた時、リンドヴルムは途端に動きを止め、ゆっくりと息を吐き出した。




