373話【宮平視点】親父
「う゛っ……大丈夫ですか、宮平さん」
「は、はい。でも、ま……間に合わなかったか。というかこれ……。すみません、京極さん。力及ばずだったみたいです。……はぁ、手応えはあったと思ったんだけど」
振り下ろされたリンドヴルムの尻尾を京極さんが受け止めてくれた。
そしてそんな俺を守ってくれる京極さんにまずは謝罪を告げた。
鞍を吐き出させることはおろか、その身体を……おそらくは乗っ取らせることを許してしまったわけだから。
リンドヴルムにはもう、鞍を吐き出そうとする様子も優しく見つめる視線もない。
鞍の言い方からしてこうなるのはまだ先だと思ってたんだけどな……。
「ぐ、ぅ……。いえ、効果はあると思います。だってお母さん、が……こんなに弱いわけないですもん!」
京極さんは持ち前の怪力で受け止めていた尻尾を払い除けると笑って見せた。
これでも弱いなんて言えるのは京極さんだからな気もするけど……。
言われれば確かに、殺気が薄いというかなんと言うか……普通とは違う気はするかな?
「――ありが、とう。多分、今ので……完全に渡してしまうことは避けられた。でも……消すのは時間がかかる……それまで、私が注力してる、間は耐え……う、ああああああああああああ!!」
「お母さん!」
途切れ途切れではあったけど、頑張れば話ができる程度にはリンドヴルムの意識は存在している。
で、一応なんとかはなるらしい。
ただし、それが完了するまでリンドヴルムの身体はさっきの鞍に操られる……つまり、結局全力のリンドヴルムと戦うことになると。
「耐久戦、か……。まぁ普通に戦うよりはマシなのかな?」
「私が前衛で打撃を請け負います!宮平さんはその間に――」
「いつまでも準備状態だとフラストレーションも体力も無駄に使う。こうなってしまったわけなのだから、まずは私たちに頼るべきじゃないか?」
いつの間にか俺と京極さんの側まで寄ってきていたのは、いつもより胸を張って、得意気な顔を浮かべる俺の父親だった。
まったく、いったいどこからそんな自信が沸き上がってくるのやらって言ってやりたいところだけど……。
「あの魔力の柱を見せられちゃ、口答えもできないって」
「こんな時まで反発しようとしてたのか?大分大人しくなったと思っていたが、根底は変わらんか」
「いやいや、誰のおかげでそうなって……って、そんな悠長にしている場合じゃない、か」
リンドヴルムの呻き声が消え、背筋にぞくりと悪寒が走る。
向こうの準備もどうやら整ったみたいだ。
「京極さん、心配なのは分かりますが一旦離れましょう。親父たちは信用できないでしょうけど、それでもある程度時間は作ってくれるはずですから。そのうちに気持ちと、攻撃体制を整えましょう」
「おい、お前には信用されてないかもしれんが協会とはいい関係を築いている。あんまり変なことは言わんでくれ。はぁ……このひねくれた性格は誰に似たんだかなぁ。って、親父はないだろ! 流石に!」
「……ふふ。気持ちのほうはもう大丈夫かもです。お二人を見ていたらなんだかほっとしました」
とっ組み合いの喧嘩に発展しそうだった俺たちを見て京極さんは笑った。
俺たち、そんなに面白いことしたかな?
……親父も首を傾げてる、か。
「こほん! ま、まぁなんにせよここにいるのはまずいです。移動を始めましょう。ほら、そこの歩道を動かしてくれ。さっきは仲間の何人かと動かせたが……」
「……ったく、これができないってことはやっぱ一人一人の力は強くないのな。……『誤解』。……。……。よし、動く歩道の出来上がりっと。でも急いでるから走りはしてくださ――」
――ひゅう。
俺たちが駆け出し始めると、一陣の風が吹いた。
そして、それは俺の頬の皮を切り裂いた。




