365話【苺視点】白
「この声……なに?べー姉、分かる?」
「私は……どこかで……」
「……大丈夫だ。敵じゃない。今は、多分な。まったく……やっぱりそうだったか。俺なんかよりよっぽど、隠すのは得意と見たぜ」
べー姉が聞いたことのある声?じゃあダンジョンのもっともっと下にいた誰か? コロシアムのモンスター?
でも、それにしてはよそよそしくて、ぶっきーも安心しきってるって感じじゃない。
『私は色々と考えてますから。あなたよりも……あなた方よりも。思考に耽る、研究に明け暮れる。それがどれだけ楽しいことか。だから魔力を貯め、操る、変化させら、それに関してはきっとあなた……ぶっきーさんよりもずっと上手だと思います。例えばほら、その魔力の残りかすを集めたようなものであればこんなに遠くの場所からでも風に乗せて運ばせることができます。それも、特別な魔法を用いなくてもね』
「な!? 思考が……だんだん……。俺が、俺が崩れていく」
神宮の形になろうとしていた塵はまたほどけて、どんどん小さくなって、空気に溶け込もうとする。
そよぐ風は後ろから。
そっと髪を撫でるみたいに優しい。
「くっ、こんなことで俺が、死ぬ?……はは、あははははははははは!! 滑稽にもほどかある! いやはや我ながら笑える最期だ。どのような人間にも罰は当たるということなのか? なら、きっとあいつらにもそのうち罰が下るのか?ああ、それは少しだけ見てみたかったかもな……」
『怯えて荒れ狂うかとも思いましたが、案外冷静ですねね』
「誰かは知らないけど、俺ってこれで諦めのいい男なんだよ。だから上を目指すこともほどほどに、こっちに手を出せた。後悔がないってわけじゃないが……今日までいいものが見れたんだ、悪い人生じゃなかった。……いや、やってきたことを思えば極悪の人生か。もちろん他人から見てだけどさ」
あえて明るい口調でそんなことを言ってのける神宮。
なんかこんなの、スッキリしない。
「ほら、早く殺せよ。ふっ、て息を吹き掛けるだけで俺は消えることができる、違うか?」
『はい、仰る通りです。ですがこの私が、こんな貴重な研究資料をそう簡単に手放すわけがないでしょう。……白霧化』
「な、これ……苦し――」
神宮だったはずの塵が完全にその場から姿を消した。
そしてその代わりに辺り一帯には濃い霧が生まれた。
手で払っても、払っても簡単に晴れてはくれない。
『これで完了。あとはダンジョンに吸着させて、こっちで出せばいいだけ、と――』
「おい。それは俺の獲物だぞ」
満足したような声の主。
もうここから離れる気満々で、私たちに構おうともしない。
するとそんな雰囲気を叩き斬るような低く鋭い声で、ぶっきーは声の主を引き留めた。
『あなたは……。ふふ、なかなか面白い姿になったものですね 。元々の姿が嫌いだったんですか?』
霧の中から見えた瞳それはぶっきーを見てへの字に曲がった。
大きさは大体私の半分くらい、かな。
これが頭から爪先まで全部になったら……ハチも赤も全然叶わないくらい大きいかも……。
「白竜さんも自分の姿は気に入らないんですかね?わざわざ目だけをこっちに出すなんて」
『いやいや。赤もしていたトレンドなんですよ。ほら、威厳を感じるでしょう?そこの方たちもそう思うでしょ?』
ぎろりと動いた目。
そのせいで私の腕には鳥肌がたって、足が一歩後ろに下がった。
恐怖、これが本物。




