340話 俺流
ハチの宣言と同時に、ついに盛り上がった地面は天井まで到達。
しかもそれは俺たちを完全に取り囲んで、ここを1つの部屋へと変えてしまった。
急いでこの階層のマップを表示させて確認してみたが、こっちもすでに変わっていて、その区切り線はあり得ないくらい太くなっていた。
というか、これをするためだけにこの階層全体が拡張されてないか?
もし建物とか店とかに被害があったら賠償金が……。
俺のせいじゃないから大丈夫、だといいなぁ。
「これは……。なるほど、俺の後にとんでもねえ主がいるようにお前の後にもすげえのがいるってことか。はぁ……ただの元気なお嬢ちゃんってだけなら口説いてもいいくらいだってのになぁ。惜しいなぁ……」
『ふふん! この私をあなた程度だなんて、夢のまた夢なのよ!ほら遥様!これならガンガン攻められるでしょ?』
ハチは得意気に大国護をいなすと、俺の背中を叩くように雑に急かす。
相手に隙がないんだから急かされても困るって、言ってやりたいところだけど……多分この大袈裟な見栄の張り方も、急かし方も相手の注意を引くためなんだろうな。
実際大国護からさっきまでの緊張感は感じられなくて……。
この短い間に……今は手を触れていなくても地面や、壁、天井とも繋がっているように感じるようになった。
きっと契約相手であるハチが、階層主が濃く関与したことが影響していて、その事をハチも理解した上でこういったサポートに回ってくれた、と思う。
ここまでお膳立てされていて、期待に応えてやれないなんて男が、主人としての立場が廃る。
――ザッ!
できるだけ大きく音を立てて一歩、さらに二歩と刀を腰に携えた状態で進む。
すると大国護はにいっと口角を上げて嬉しそうに走り、迫ってきた。
「逃げ場もない、奥の手もない。だったらもう正面から切り合うしかないなあ!」
大国護の振り下ろす薙刀は最早出し惜しみもなく歪ませた空間を潜り抜けて襲ってくる。
身を翻してかわすが、その先にはすでにその刃先が待ち構え次々に攻撃は繰り出される。
突拍子もない場所からの攻撃はないが、その振り下ろし、戻し、また振り下ろす、その一連の行動が速すぎるせいでさっきとはまた別のつらさを覚える。
ただ……これは狙い通りでもある。
「ほら、どうした!その刀を抜け!それでその一撃ごとお前さんを葬ってやるからよ!」
この構えを維持していれば相手は居合いを期待する。
居合い斬りは一撃必殺なわけで、それを抑える、或いはかわせば相手に有利を与えてしまう。
だからこそ大国護は策を労せず攻め、俺の一撃を引き出そうと、そのまま潰してしまおうと攻めてくれる、くれている。
上への意識を自分自身で削いでくれる。
こっちの攻撃準備はもう整っているのに。
「もう、逃げられない」
「はっ! 逃げないために、距離をとられないためにこんな狭い部屋にしてくれたんだろ?ならもう覚悟はできてるっての!逃げるなんて、そんなのはもう――」
――すっ……。
薙刀が振り下ろされるタイミングを見計らって、俺は刀を抜こうとする。
すると大国護の薙刀、その先が目の前から姿を消し、ただ力む音が聞こえた。
風を斬る音が強まり、いつまでも絶えない。
不思議に思い視点を高くすると、どうやら打ち出すよりも前に刃を襲わせるのではなく威力を高めるために上方に刃を移動させたらしい。
大国護のその真っ直ぐな戦いぶりからは、剣士の誇り高さが感じられた。
それに応えるのが剣士としての礼儀なのだろうけど……。
残念ながら俺は陽葵さんほど誇り高い剣士ではなく、泥臭い探索者。
誇りよりも勝ちを選ぶ。
別にもう恥ずかしくはない。
だってこれがあの背中をずっと追ってきた俺のやり方なんだから。




