335話 恐怖は次第に
――ビリ。
服の破ける音が聞こえた。
――すっ。
耳の側を刃が通過する音が聞こえた。
――ポトッ。
そして研ぎすませれた神経は僅かに垂れた血の落ちる音、皮膚の裂ける音まで捉えだす。
そんな感覚に心地よささえ覚えながら、俺の身体は勝手に身構え、攻撃を感知、ギリギリで……いや、切り傷を作りながらやや身を引き、致命傷だけを回避していく。
それは意識の外で勝手に行われ、俺が前に進もうと中断されることはない。
優先されるそれのせいで大きく動き出すことはできない。
だけど、それでも隙をついて一歩一歩俺は前へ進み出る。
「――くっ。お……。あ……」
「……。……。……」
漏れでる情けない声はスキルイーターのもの。
何度も何度も薙刀を振ってもろくな手応えがなく、最初は不思議そうに、それからだんだんと悔しそうに、そして今は、今のは当たったかもしれない、今のは届いたかもしれない、そんなあり得ない希望を刃の先に向けて、まるで宝くじの当選を祈るように攻撃を続けている。
「……」
「うっ……」
これがあとどのくらい続くのか、考えながらまた一歩進むと、スキルイーターに新たな変化の兆しが見えた。
俺が前に踏み出たことを受けて、明らかに嫌そうな、まずいといった表情を露にしたのだ。
こいつの持つスキルやこの薙刀、それにリンドヴルムを操っていた鞍と手綱などを見る限りまだ手札を隠していると思っていたけど……思いの外余裕はないらしい。
それに比べこっちは再生力を上回らないダメージに怯えることもない。
……なら、少し脅してやるか。
「『火弾』」
「な、なんだ!?」
小さい魔法陣を2つ展開。
そして、以前の俺でも簡単にステータス上に発現させることのできた最下級魔法をまず1つスキルイーターに向かって放つ。
すると面白いくらい動揺したスキルイーターは、何かを警戒したのかわざわざ薙刀を使い全力でそれを打ち落としにかかる。
あんなものに全精力を注ぎ込む頭の悪い様子に笑いそうになるがそれをぐっと堪えて様子を伺う。
どうやら、今の攻防のお陰で一時俺への攻撃が停止されたらしい。
と、いうことで2発目は少しだけ時間をかけて、威力を高めて発射。
狙いはスキルイーターではなく、地面。
これによって剣生成ではできない操作を行う。
――ボン!
「なルほど、煙幕か……。チッ、俺が恐ろしいからって、セコイ手だ。だが、見えないのハそっちもだろう!」
操作、なんて大層なものじゃない雑な煙幕。
ただこれの効果は絶大だったようで、スキルイーターは少し安堵したような声で、精一杯罵ったあとこれを好機とばかりに攻撃を仕掛けようとする。
そしてこの煙幕の中でも察することのできる俺はこっそりと近づき、背後をとる。
このまま殺してやっても構わないが、どうせなら……。
――トン。
俺はスキルイーターの肩を優しく叩いた。
力を全く込めず、赤ちゃんを触るように。
するとスキルイーターは……。
「い、いだああああああああああああああ!!」
まるで腕でももがれたのかと思うような情けない声を上げながら、涙と鼻水にまみれた必死の形相で振りかえってくれた。
あー、気持ちがいい。




