325話 守り手
「大丈夫、そうだったな……。……。……。陽葵さん、あんな風に仕事に行かれたんじゃ俺だって負けてられないですよ」
俺は戦いに出向き、消えた陽葵さんが立っていた場所を見て呟く。
そうだ、矢沢を任せたからといったって多分『彼女』は残っている。
それにいくらこの階層まで気づかず潜入すると言ったってこんなに少人数で、とは思えない。
上の階層に忍ばせている……いや、罠の発動を懸念したのであれば、それが発動される前に全員でこの階層にやってきているはずだ。
そうと分かればまずは神測……分配を併用。
『当階層に潜む敵モンスターを神測。敵の状態は停止状態。数500。指揮するモンスターないしはそれに近い人間を確認。補完。マップ上にそれらを表示。分配と合わせて認識阻害耐性(小)を味方に付与。マップ情報(小)を付与。敵に合わせたステータスの補完は分配の併用により負荷が大きくなりすぎたため、適用されません』
「停止状態……。これは矢沢の命令ですか?それともあなた自身のものですか?」
神測によって新たに作成されたマップに眼を落とすと、俺は最も大きな印を確認して、それがある場所に急いで視線を変えた。
そして矢沢や神宮とは異なる、できるだけ柔らかい口調で問いかける。
ここにいる彼女は契約によって望まれず地上の人間についているという状況のはず。
だから矢沢との距離がとれ、即座に命令が下らないであろう今この瞬間は戦う必要はない。
むしろこの争いにおいて何かしらの権限を持っているのであれば、この機にそれを放棄してもらうことだってできるかもしれない。
「……」
そう期待を込めて返答を待つが、彼女の声は聞こえてこない。
ただその代わりに辺りに一陣の風が吹き、敵の軍勢が徐々に眼前に広がっていった。
返答がこないから、最早彼女自身の意識はなくなってしまったのかもしれない、とも思ったがどうやらそうではないようだ。
「ハチや赤、山吹と同じ竜。完全には支配されていなかったみたいですね。ただ話せない状況なのは理解しました。だから無理はせず、そのまま立っていてください。あとは俺たちが何とかします。……宮平さん、右前方の敵の殲滅と探索者たちの指揮をお願いします」
「そうだね、敵をわざわざ分け分けする時間だって今は惜しい。この機は活かさないと――」
「――前進サセヨ」
「はい。全軍前進。スキル、魔法の解放を許可する」
俺たちがスキルイーターたちを殺そうと駆け出そうとした時、低く暗い声が彼女の……リンドヴルムの背中から聞こえてきた。
すると辺りには魔法陣がこれでもかと展開され、前を行くスキルイーターたちの身体は何かが纏わったり、部位が変化したり……こちらを殺すためのスキルを次々に発動させていく。
「くっ。まさか、矢沢の他にリンドヴルムに影響を与える存在がいるなんて……」
「遥君!今からあの数の魔法をかき消すのは無理だ!1度後退して、従来の作戦通り戦力を分散させよう!他の探索者たちも一旦下がってくれ!!」
宮平さんに促されて探索者たちは後退。
しかし、あれだけの数を避けるのは不可能だろう。
となればここは俺が時間を稼がないと。
「水城――」
「後退って言ったよね?それで、遥君は急いで分配を発動させてもらいたい。いいね?」
取りあえず防御魔法を展開させようとすると、宮平さんが俺の肩をポンと叩いた。
言っていることは理解できる、けど……それじゃあ最悪怪我人、いや死人がでるかもしれない。
「でも宮平さん――」
「あの攻撃は1度防いだところで止まらない。むしろひどくなる。だからそんなのをこっちが押し返せる状況になるまで、肝心要の遥君に任せるのはどうかと思う。最悪相手の戦力を分けることだって不可能になるかもしれないし……」
「じゃあ、あれを丸腰で受けてやると?」
「いや、そんなことさせないよ。だってこっちは苺から任せられているんだからさ。ま、たまには信じてやって欲しい。俺のことも、宮平の一族のことも」
宮平さんは俺に微笑みかけると前に進み出た。
そして……。
「――その風の使い方……俺にもできるかなって、誤解をさせてもらったんだ。そしたらさ、こんなことまでできるようになった。いやはや、自分自身を誤魔化してやるなんて……いやーな大人だよね。でもそれでみんなの、苺の背中を守れるんだとしたら、いくらでも誤魔化してやるさ。……『旋回障壁:極大』」




