324話 無謀な相談
「会長……矢沢、お前がなんでここに?」
「……別に驚くことはないでしょう。ダンジョン街の統治は事前に知らせていたのだから。まぁでもそうですね……結局『洗脳』スキルの開発がうまくいかなかったこともあって、純粋な力による統治……見せしめもかねて大量の虐殺が決定してしまったことはお伝えできず申し訳なかったとは思います」
こんな日にも関わらずピシッとスーツを着て一人現れた矢沢は、笑うでもなく悲しむでもなく、真顔のまま深々と頭を下げる。
内容はどうあれ謝罪を受けているにもかかわらず、俺たちを制するプレッシャー。
それはその強さだけでなく、今まで矢沢を会長として慕ってきた過去が影響しているのだろう。
チラリと背後を見ると今にも『頭をお上げください』とでも言いそうな探索者がわんさかといるのがその証拠だ。
「大量虐殺……そんなの私たちが許すとでも?」
「橘陽葵……少し見ない間に相当強くなったみたいですね。後ろには、竜の影も見える」
会長が敵としているというだけで辺りは静寂に包まれた。
だが数秒経ってから陽葵さんがそれを破った。
その手は腰に提げた剣を握っているものの、決して冷静さを欠いていない。
その姿に他の探索者たちもいつでも攻撃が出来るよう構える。
鍛えられたのは戦闘力と精神力。
今の陽葵さんには会長と渡り合えるだけの自信と、その戦いに躊躇なく仲間を巻き込み指示できる胆力が備わっている。
それはこの2か月での努力の賜物。
そしてそれについてくるように陽葵さんの周りには人が群れるようになった。
あの日俺が憧れた陽葵さんの姿は広く気高くより美しく……改めて俺を魅了しようとしている。
それでも陽葵さんはまだまだだって言って……予想の1ヵ月が経過しようとしていた頃、俺にある相談をしてきた。
「「――私が会長……矢沢彰人を倒す」」
陽葵さんの口からでたその言葉は今発した言葉と重なって俺の頭の中でリフレインする。
当時俺とハチは反対だったこの案。
だけど日が経つにつれ、レベルも上がり現実を帯びていった。
不安が無いと言ったら嘘になるけど……その滾る眼から俺は背くことができなかった。
だから俺は決戦の日、陽葵さんたちのグループと矢沢彰人に11階層の中央右区画を分配することに決めた。
上層の罠は攻撃罠であったが、この階層に仕掛けたのは分配スキルとハチの階層主としての力を使った分断。
一定の場所、自身のコントロール化にある2箇所以上ある魔力が大量に存在する場所を1度でも踏ませること、という条件がありはするが、これにはダンジョンの階段という仕組みがやたらと刺さってくれた。
だって降りた先で皆同じ地を踏むしかないのだから。
「あなたとその配下ですかね? それだけの人数で私と戦うことをご所望とは……。非常に勇敢です。が、残念。風の認識阻害によって隠れているだけで背後には――」
「分配」
矢沢が自慢気に何か言う前に俺はスキルを発動。
陽葵さんと矢沢、それに陽葵さんの選んだ十数人の探索者がその場から姿を消す。
陽葵さんは何も言わず振り返らず、ただ安心しろと言わんばかりに手を上げるだけだったが、その背中はいつもより大きく見えた。




