311話 ちょちょいのちょい
「遂にきたか。ここまでまったく、予兆なんてなかったってのに……」
「気が抜けている隙を突こうとしたのかも。あと様子見の人たちがいる時を狙って少しでも戦力を削っておきたかったのもありそうね」
「ああ。ともあれこうなったら直ぐに戦いの準備だ。俺は京極さんに連絡を取りつつ、『仕掛け』の起動準備をする。ハチは今コロシアムにいる人たちを即帰還させるために赤と連携をとってくれ。レベルアップで権限も増えたんだろ?」
「ええ。遥様が知らないようなこともできちゃっありして。だって私、ベアトリーチェよりも先輩だし、神様から直接階層を任せられたくらいだもの!それじゃ、またあとでね遥様」
「ああ、気を付けてな」
「遥様こそ」
ハチのスマホに映し出されるライブ映像から慌てたような声が漏れでる中、俺たちは自分たちの仕事を全うするために動き始めた。
期間が空いたせいなのか、それとも慌てる声が逆に自分はこうならないようにしないといけないと思わせてくれたのか、思ったよりも冷静に思考は回ってくれる。
俺のほうでもスマホで映像を常に確認しておきたいが、まずは京極さんに――
――ピロン。
『京極:スキルイーターが壁を割る映像が確認されました。未だ元探索者協会会長や神宮の姿は見えませんが、事前打ち合わせ通りにお願いします。心配はあるかもしれませんが、遥さんやハチさんはできるだけ力を温存して無理なく動くように。それと……『決して』上層には出向かないようお願いします』
俺が連絡を送るよりも先に京極さんからアプリでメッセージが届いた。
まだ低めのランクの探索者や初めての戦闘になる一般住民の一部が暴走して怪我を負わないよう注意をお願いしたり、きっと突然の事態で混乱している京極さんに指示を……と思ったが、どうやらその心配はなさそうだ。
ライブ映像への気付きの早さといい、京極さんは俺たち以上にこの日のための準備や観察をしていたのだろう。
まさか綺麗な受付のお姉さんが立派な指揮官になるなんて……今は空席だけど、この一件が終わったら会長に推薦しようかな。
本人は嫌がるかもしれないけど。
あっと、それよりも先に山吹に電話しておくか。
あいつでるかな?
――ピロロロロロ、ピロロロロロ――
「――遥君!」
「……」
「陽葵さん?」
俺が上階層への階段前まで移動しながら山吹に電話をかけていると、少し息を荒気ながら陽葵さんがやってきた。
どうやらハチとは行き違いになったらしい。
陽葵さんにはS級、A級探索者数人を引き連れた状態で奥に待機してもらう手筈だったんだけど……。
何かあった……か。
というか宮平さんまでこっちにきてるのか。
宮平さんには宮平一族をなだめたり、動かしたりする仕事をしてもらいたいんだけどな。
「い、苺ちゃんが見当たらなくて……」
「え? じゃあモンスターの隊は? ……宮平さん?」
「……」
珍しく深刻そうな顔で黙り込む宮平さん。
こんな様子を見たのは初めてだ。
「……。苺ちゃん……苺は両親を助けに行った。それであとのことを俺に任せていったってわけさ」
「……そういうことですか」
「場を乱すことをしてしまった謝罪はこの後たっぷりさせてもらう。だけど、今だけは苺のわがままを聞いてやって欲しい」
「それは……全階段の罠の発動を待て、と。でも相手の数によっては――」
「ああ、大変なことになる。向こうは確実にこちらよりも数が多い。そのための準備期間だったんだから……。少しでも敵の数を減らさないといけないのは分かってる、分かってるけど……。あ、あともう1つこの事は他言しないでもらえると――」
「分かりました」
深々と頭を下げたまま話す宮平さん。
俺はそんな宮平さんが言葉に詰まり始めたのを察して食い気味に返答した。
苺のあんな映像を見てしまった手前、これに怒ることなんて出きるわけがないから。
ま、事前に相談はして欲しかったけど……自分の行動を止められることを嫌ったのか?
確かに、ダンジョン街の連中全員が苺の味方というわけでもない。
モンスターとのハーフという事で京極さんや苺を疑い深い目で見てる輩もいるとか――
『――罠なんか発動させなくても、こっちでやるから安心しろっての。それに親探し?そんなのもちょちょいのちょいよ!!』
そんなやりとりをしていると、電話口からいつもの元気な声が聞こえてきた。
そういえばこいつに電話してる途中だったっけ。




