307話 暴走?
「――遥様、無事?」
「遥君!!」
続けて響くハチと陽葵さんの声を聞きながら俺は振り返る。
その顔はこの宴会場に合わないどころの騒ぎじゃない。
ハチはまだしも陽葵さんなんて俺が交通事故にでもあったみたいに焦って、うっすら泣いてすらいる。
なんだかただ酒を飲んでいたのが申し訳なくなるくらいだ。
「えっと……赤、ハチ、陽葵さんまで……どうしてここに?」
「どうしてもこうしてもないわよ!急にコンタクトがとれなくなるし、それに地上の奴らどころじゃないヤバい気配までしたのよ!」
「今は抑えられているようですけど……。多分その男からのものです」
俺が恐る恐る質問をすると、ハチは声を荒気ながら頬を膨らませ、赤は人の姿に戻ると男性の顔を睨んだ。
「――遥君! 大丈夫!? 怪我はない? 協会から良く効く塗り薬とか魔力を補充できるポーションとか解毒薬とかもらってきたから!」
「ちょ!? 陽葵さん!?」
そして陽葵さんは半ば暴走するように俺のもとまで駆け寄ると山吹を雑に退かして俺の身体をまさぐる。
「ぐ、あっ!? な、なんだ? 俺、さっきまでカレーの湧き出る泉にいたんじゃ?」
「何寝ぼけたこと言ってるの。こんな時になんだからシャキッとしないさいシャキッと!ほら、水弾」
地面に落とされた山吹はハチからの手厚い介抱を受けて額を赤くしつつも、半開きだった目を全開にした。
それにしたって水魔法をデコピン代わりに撃ち込まれるとかやりすぎだろ……俺ならまだしも、山吹はまだそんなにレベルも高くないのに。
前に威力の制御練習をさせておいて本当によかった。
「――服の下も見るから!」
「って、ええ!?」
身体をまさぐられることを半ば諦め、ほとんど抵抗しないでいると、陽葵さんはガバッと勢い良く俺の服を捲りあげてまじまじと上半身を見つめ出した。
完全に油断してたのは良くなかったけど、普通ここまでするとは思わな――
「この下も」
「ちょ、そっちは本当に何もないですから!!」
ズボンとパンツに手を掛けた陽葵さん。
流石にこれはまずいとその手を塚本、その顔はどんどんと赤くなって自分が何をしでかしたか自覚を始めたようだった。
陽葵さんとの間に気まずい空気が流れる。
いや、俺が気まずくする必要はないんだけどさ。
「あはは! いやぁ愉快なお仲間ですね! 久々にこんなに笑いましたよ! それじゃあ、皆さん楽しんでいってください。私はこれで失礼します」
「ま、まてっ!」
俺たちを見て一頻り笑うと、男性は赤の引き留めの声を無視して42階層と繋がる階段がある方角を向いた。
この人、今から下にいくつもりなのか?
しかも1人で?
「あ、そうだ。忘れてました。新しく置いていく種は硬いからこれと交換しないとです」
男性はしまったといった顔を見せる。
すると、次の瞬間には俺の正面に立ちポケットに手を突っ込んでいた。
恐ろしく速い。全く見えなかった。
「これでよし。今度の種は強化幅は小さいけど安全ですので栽培して是非いろんなものに混ぜて楽しんでくださいね」
「安全って……」
「証拠に、さっき食べたお料理もお酒も大丈夫だったでしょう?」
自分の口に人差し指を当ててにっこり笑う男性。
恐らくは俺たちをこっそり実験台にしたのだろう。
「ではでは」
深々とお辞儀をし、手品のようにその場から男性は消えてしまった。
そして赤は何かを察したかのようにイライラとした表情で歯軋りを続けるのだった。




