306話 うままぁ
――ゴクン。
「ぷはぁ……。うままぁ……。でもこのお酒何でこんなに冷たいの?私がここにいたとき、お酒があったのは知ってたけど……冷やすスキルを持っていた個体はいなかったと思う」
それから1時間くらいが経っただろうか?
山吹と男性がモンスターに大量注文したもんだから真剣な話は一旦途絶えて、まるで蟹を食うときみたいにひたすらに飲んで食っての幸福の口封じ状態。
それでもって腹はみるみるに膨らみ、俺と山吹は思考能力が著しく低下。
もうこのまま寝てしまおうかな、なんてことさえ考えて始めていた頃だった。
ようやく酒や周りの雰囲気に馴染めてきたベアトリーチェが疑問を男性に投げ掛けた。
「えっとぉ、そりぇはですね……。……。……んく。そういう道具を実はここにるモンスターたちは知っていたんですよ。で、あなたみたいな……いえ、正確にはポチさんやあなたみたいなレアだけがそれを思い出して、行動に移した、ということ。多分これはこのコロシアムという仕組みや、群れがそこを街のように管理していたことが影響しているんだと思います」
男はチェイサーの水を一気に飲み干すと、ぐでんぐでんの口調からさっきまでの普通……よりも賢そうな青年の口調に戻って、少し考えた様子も混ぜながら答えてくれた。
ベアトリーチェもそうだけど、この人も全然辛そうな顔にならないのが凄いな。
――ぐ、がが……。くぁー。
山吹なんか俺よりも早くダウンしていびきまでかいてるっていうのに。
「環境による……進化?」
「モンスターのステータスが変わるそれとは違いますが、そうとも言えますね。だってあれだけの酒倉を作れるんですもん。まさか、魔石を動力とした空調設備ですよ?ダンジョン街で売り出せば生活に困ることはないでしょうね」
「じゃあ冷凍保存のスキルも……」
俺の顔を見ながら呟くベアトリーチェ。
お金の概念についてはまだよく分かっていないはずだが、贅を尽くすための嗅覚は敏感らしい。
確かに、電気を使わない空調設備だなんて夢のようだし、動力の供給元が地上に依存しないのはデカい。
電源を魔石から得ることは既にしているけど、足りない分やガスは地上から引っ張ってきたりしているもんな。
自給自足ができるなら過激に、焦って地上を攻める必要もなくなる。
「地上からの脱却、か……」
「不可能なことではないですよね。……ずっと地上の人間を武力でどうにかこうにかという考えばかりに捕らわれていましたが、文明による優位がとれれば……」
難しい顔をしてぶつぶつとあーでもないこーでもないと独り言に更ける男性。
洗脳が解けたことでこの人もこの人なりに戦い意志で漲っているのだろうか?
「うん、今日は50階層を攻略した探索者とモンスター、それにコロシアムの様子、それと……不出来な『種』の回収と交換、工房見学ができたからもう帰るとしましょうか。あ、新しい主には相談したいことができてしまったから寄るとして……」
「種の交換?」
独り言の中に引っ掛かる言葉があり、俺は咄嗟にそれを問いただそうとした。
しかし男性は最早それどころではなく、興奮した様子で席を立った。
この言い草、変なやつだとは思っていたけどまさか――
――バサ。
「みんな、そいつから離れたほうがいいわよ」
と、その時聞き慣れた声と羽音が視界の外から聞こえてきた。




