304話 お酌
「――くっっっはぁあっ!! うめぇ!! そういや食いもんも飲み物もろくに口に入れてなかったもんなぁ。あー、染みるぅ……」
「……」
いきなりベアトリーチェと名付けられた女性がぱちぱちと瞬きしながら固まっている傍ら、山吹は一気にコップを空けてしまった。
あれだけ暑いところを走り回っていたんだからそりゃ喉も乾いてるだろうけど……なんか急に目が赤くなって怖い。
ベアトリーチェは山吹のそんな姿を見て若干引いてしまったようで、酒と山吹を交互に見比べながら自分も口を付けようかどうか迷ったような素振りを見せる。
「はは、俺がここにいたんじゃ緊張で堪能しにくいか。言いたいこともあげたいものも一先ずは終わり。コロシアムの運営なんかのことは後々やりゃあいいからさ、今は楽しんでくれ。そんじゃあな。あ、足りなくなったらそこいらの奴らに言えばいい。こんな日を待ってたかのように酒はたんまりあるみたいだからよ」
ベアトリーチェの顔を見て笑ったペンぺッぺは軽く笑うと颯爽とこの場を去っていってしまった。
するとダンジョンらしい刺々しい空気とは反対に歓楽街のようなやかましさが辺りから沸き上がり始める。
戦うってことさえも忘れ去られてしまったみたいに。
「これもポチが50階層の主になって、その造りを変えている影響なのかな。まさか、こんなに早く……既存のモンスターの精神状態さえも変えてしまうなんて。流石50階層って位は違――」
一瞬ハチの不貞腐れる顔が頭に浮かんで俺は咄嗟に言い止めた。
あれでダンジョンでのポジションについてはSランク探索者顔負けのプライドは持ち合わせてるかもしれない。
面倒なことになる前にさっさと謝っておこう。
「ご、ごめん別にハチがショボいだのなんだのってわけじゃないから……って全然話しかけられる様子が、ない?もしかして陽葵さんに叱られたか?」
「おいおい何しけた顔してんだお二人さんよ! ほら酒の肴ももらってきたから飲もうぜ!」
「……うん」
俺とベアトリーチェの肩にゴツゴツとした腕が回された。
いつの間にかその手にはとろりとした黒いタレのかかった串焼きを手にしている。
改めて見ると辺りには出店みたいなものがあり、コロシアムの奥にある場所とは思えない街並みが広がっている。
これだけの数の知能が高いモンスターが集まっているのだから俺たちの知らないところで高度な文明が発展しているんだろうな……とは思ったりもしていたけど、こんなものまであったのかよ。
そういや奢りがどうとか言ってたから、金銭取引まで発達してるっぽい。
「なんか、ダンジョン街みたいで……グレンデルがなりたいって言ってたけど、もう人間と差なんてないんじゃないか? それに……旨い」
コップ傾けるとスッキリと飲みやすく、だけど苦さはしっかり感じられコクもあるそれが喉を通過した。
「うん。美味しい。これは本当に好き」
「こっちも旨いからよ! あっちに座って舌鼓といこうや!」
山吹に引っ張られて俺たちは近くにあったテーブルについた。
こいつ、本当に順応が早いな。
「すみません! もう一杯お願いします! って、あれ? こっちは注いでくれるやついなそうかな?」
「――そんなわけないじゃないですか。今回の主役の相手をしないなんて」
空いたコップを片手に早速山吹が声をあげた。
すると痩せ細った眼鏡で長身の……人間にしか見えない存在が話しかけてきた。