303話 名付け
「――本当に無事だったんだな。で……目的は達成できたってわけか」
1匹のモンスターが仲間を呼びに走り去っていってから間もなく、誰よりも早く俺たちを出迎えにきたのはあの獣戦士だった。
身体の傷は包帯で覆われているものの、この短期間で大分回復したようで、その足取りは軽そうに見える。
相当優秀な医療スキルをもった仲間でもいるのだろうか?
「……。うん。みんなのお陰で大切な人の最後を見届けられた。これからは自分がしてきたこと、ご主人様がしてきたことの償いを――」
「必要ない。……もしまた何も説明なく、あんな暗い顔を続けていれば責めることもあっただろうが、その顔を見せてくれたなら死んでいった仲間も満足しているだろうさ」
「そう、かな……」
「知っているだろうが、俺たちは倒した奴らを取り込み、それを無駄にしないよう糧にしてきた。そうして命は、そいつの意思は繋がっていく。だから、死ぬ意味があったのなら俺たちは納得もいく。死神って呼んでたのは、お前が淡々とただ仲間を見殺しにしていると思っていたってのもあるのさ」
「それは……事情があったからだけど、間違いないじゃない。だから謝罪はいっぱい……いっぱいしないと」
「……」
神妙な面持ちを見せていた獣戦士に女性は申し訳なさそうに頭を下げた。
なんだか今までグレンデルがしてきたことも謝っているように、深く……深く。
その時間は十秒もないくらい、だけど永遠のように感じてしまう。
それだけ今までの思いが込められているんだろう。
――ポン。
そんな女性に対して獣戦士は怖い顔でのっそりと近づく。
そしてその肩に手をおく。
「お、おい――」
「山吹、多分大丈夫だよ」
その顔があまりにも敵のものに見えたからか、山吹は咄嗟に間に入ろうとした。
でも、俺はそれを抑止した。
だって、このやりとりに割り込むのはあんまりにも無粋だって思ったから。
「何度も言わすな、それは必要な……いや、言い方が良くないな。そう思ってくれてるってのはもう分かっている。だから顔を上げてくれ。今の俺たちは謝罪をしてもらいたいんじゃなくて、とにかく祝ってやりたいんだからよ」
女性が顔を上げると獣戦士はこれまでに見せたことのない顔を見せた。
屈託のない、優しい笑みだ。
まるで呪いが解けた、そんな雰囲気。
「ほらこれ、今日は俺の奢りだ。まさか、嫌ってわけじゃないだろ?酒精は気持ちを昂らせ、魔力を充填させるからな」
「……あ、ありがとう」
獣戦士の背後に違うモンスターが近寄ると、赤い顔でコップを2つ手渡した。
そして俺たちの元にも他のモンスターからコップが渡される。
中身は……シュワシュワ音を立ててるからビール?
どうやってるか分からないが結構冷えている。
「そんじゃ僭越ながら俺が……この『ぺンペッぺ』が乾杯の音頭をとらせてもらう。我らが同士……えっとぉ」
「な、並木遥」
「山吹」
獣戦士が俺たちに名前を聞かせろといった様子で目配せをするから咄嗟にそれを答えた。
ただ、獣戦士の名前が思いがけず面白いからちょっと言い淀んでしまったけど。
なんだよ、『ペンぺッぺ』って……。
誰がそんなやけくそな名前を付けたのさ。
「……えっと、私は名前がなくて」
「……。並木、山吹……ベアトリーチェ、喜びを与える者の名を持つモンスターの偉業を讃えて……乾杯!!」
「ベアトリーチェ?……私の名、前?」
答えがなくて、困ってしまった女性を見兼ねたペンぺッぺは仕方ないといったように名前を付けると自身のコップを高々と掲げたのだった。




