300話 手向け
『――対象のレベルが上がりました。自然治癒力が上昇しました。元階層主から引き継ぎが行われました。分配の効果が強化されました。50階層の踏破を確認しました』
美しくも悲しい光景に言葉が出ずにいると、アナウンスが流れて一応の目的は果たされたのだと理解する。
これでこの辺りのモンスターたちがダンジョン街を襲うなんて事態は回避できたんだからな。
分配スキルの正式な発現も兼ねて俺としてはなかなか満足な結果――
『んー……、そんなにいっぱい血を流す必要も私の魔力をこれでもかってくらい吸っちゃう必要もあった?遥様が冷いぃぃい静にっ!相談したり、赤を呼んだりすればもっと楽に、それでもって陽葵の眉間に皺が寄ることもなかったと思うんだけどなぁ』
充実感に浸ろうとする間もなく、ハチは恐ろしいことを言ってのけた。
陽葵さん……怒ると怖いんだよな、昔から。
「――すまん……」
変な汗を流しながら俺はその場に尻をつける。
同時に山吹はいの一番にはしゃぎそうなところ申し訳なさそうな顔をしながら呟く。
俺がここに来るまでに相当激しくぶつかり合ったのか、良く見れば山吹の服や髪の毛は所々焦げ、腕や脚には止血をしたのか血の滲んだ布切れが巻かれている。
思えばいくらポチが人の姿になりつつ、戦闘面を強化させたとはいえ、このランクの探索者があれを相手に良くやった……やりすぎたもんだ。
ほとんどの探索者が即死してもおかしくはない敵だったぞ、あれ。
「――ううん。あなたがいたから、ちゃんとお別れができた。守ってくれたから間に合った。ありがとう、不良のお兄さん」
「は、はは……。不良は、余計だろ」
俺よりも先に女性、もう一人のポチが山吹をフォローするとようやくその顔に灯りが点った。
気持ちの浮き沈みが大きいようだから、山吹にはこういった冷静さを持っている相手が合う――
「でも別に好きとかそんなんじゃないんだからね」
「いや、めんどくさいかよ! あんた!」
……かもしれない。
「さてと、それじゃあ帰るか……と、その前に」
俺は自分のもつ種を道具を使って砕くとのっそりと立ち上がってポチのもとへ。
ポチは別れの挨拶を既に済ませて、グレンデルの頭をその場に埋め始めているようだ。
「なぁ、ハチ。これちょっとくらい吸い込んでも大丈夫かな?」
『人ようじゃないものだから大丈夫ね。それと、その種はどうこねくり回そうとも私たちには効かないわ』
「そうなのか?」
『ええ。レベルと、あと人と同じ……ううん、それ以上の欲求を持ち合わせているからこそ私たちは本物に近い人の姿になれる、と思うのよ。で、多分それをクリアできたのがグレンデルじゃなくて、そこにいる子だったんじゃないかしら?』
「そうか。なら、心配ないな」
そういいながら俺はポチの横に座ると、軽く手を合わせ砕き、粉末状になった種をそこにまいた。
「俺はポチみたく良い時のお前を知らないし、お前を殺したことを後悔することもない。だけどあれだけ戦った仲……酒じゃなくて悪いが、欲しがってたこいつを手向けてやる。安心しろ、ポチとは戦わない。だから満足して逝くといいさ」




