295話 覚悟
「ぐ、おおお……」
「もう、声を、が、我慢することもできなくなったか? モンスター」
「お前、こそ……。ふらふらして、立っているのがやっとなんだろ? 人間」
降り注ぐ剣の雨の中、グレンデルと目を合わせる。
あれから俺は更にレベルを1つ、あっという間に上げていた。
とはいえ、正面から殴りあって勝てる自信を持てているかと言えば微妙だったことと、より経験値を稼ぐチャンスだと思って耐えて、耐えて耐えていた。
それにレベルアップのおかげで剣が俺に刺さる深さは浅くなっているみたいで、段々とハチとの契約による再生効果が上回り始めた。
反対にグレンデルは俺の身体を膨張、破裂させる回数を極端に減らし、息を荒くする始末。
勝ちの道筋は見えた。
あとは悟られないように、喜びをそっと胸の奥にしまうだけ――
「おっ、そろそろ……溜まったか?」
「溜まっ、た?」
「お前と……このまま死んでやるなんてこと、できるわけがない。俺はまだまだその頂きに、狂気に勝れない。だが、生き残る本能は……ずっとずっと、前から……俺たちモンスターの方が上だったらしい。狩られる側は狩られる側で……培ったものがある」
いつものように口角を上げると、グレンデルは少し力んだ。
そしてすぐにその身体は発光し、電気を体外に漏らす。
どうやらこいつ、こんな状況の中俺に悟られないようにあの光線を撃てるまで腹の奥で、光が見えないところで力を溜めていたらしい。
苦しそうな表情は俺の攻撃だけじゃなくて、体内でそれを溜めていることが原因だったのか。
「ちっ……あれを吐き出すのだけは、勘弁してくれって……」
ここから離れられたら作戦も苦労も水の泡。
俺は必死になって繋がった腕をなんとか手繰り寄せてグレンデルの口を塞ごうとする。
しかし剣の刺さった箇所から血が吹き出し、力が抜けていく。
このままじゃもろにあれを喰らって、逃げられる――
「――これで、いいの? 並木……遥だっけ?」
「うっ、ぐ……」
今にも光線を吐き出しそうな素振りを見せるグレンデルに焦りを覚えていると、俺よりも筋肉で倍は太い腕がグレンデルの首を締め付けた。
「ポ、チ……」
俺の狙いを察してくれたのは横たわっていたはずのポチ。
血の剣による雨を受けて出血はしているが、その長い髪によって頭や背中は無事のよう。
スキルのおかげか何か知らないがまったくどれだけ硬いっていうんだ。
「う、ぐ……」
「これでもう攻撃できない。逃げることもできない」
とはいえその足、その腕にこれ以上刺さるのはまずい。
ポチは俺たちと違って大した再生能力はないはずだ。
「……仕方ない。スキルを解除――」
「いいから!! このまま殺して!! ご主人様は私が連れていくから!!」
背に腹は代えられない。
流石に仲間の命を奪うことはできないと思ってスキルを解こうとすると、ポチの怒号が轟いた。
「でも――」
「私を救ってくれたご主人様。今度はそんなご主人様を……完全におかしくなる前に、私が救わなくちゃいけない!!」
「あ、が……こい、つ……」
グレンデルとポチの間に何があったかは分からない。
だけどポチのその目は、グレンデルを優しく見つめるその目は、こんなときだっていうのに遠く懐かしんでいる。
今のグレンデルだけしか知らない俺からすると想像は難しいが、以前は主人として慕われるだけの存在だったのだろう。
まさかポチが心中を懇願するなんて。
俺はできればポチを殺したくない。
短い時間ではあったものの、この4人で冒険した時間は嘘じゃないから。
――ふぅ……。
ポチの気持ちを無視してでもスキルを解こうとしていると、今度は冷たい風が吹いた。
そして、グレンデルとポチの身体が足元からどんどんと氷始めた。
これはあの女性の……まさか自分の半身がモンスターと心中しようとしているのに、助力しようってのか?
そんなことすれば自分だってどうなるか分からないのに……。
「大変だった。でも楽しかった。だから悔いはない。最後に……そう思えるようにしてくれて、自我をくれて、ありがとう」
遠くに見えたその姿……。
女性は段々と凍り、その目からは精気が失われていくようだった。
グレンデルを凍らせ、止めることの反動が生じてしまっているのだろう。
「そんなことされて……止めるなんて、できるわけがない」
「ふふ。あり、がとう。あなたを選んで良かった。……。……。……。それじゃあご主人様……行こう。みんなのところに。毎日お墓参りしてたオーガの、リッチーのところに私と一緒に」
目をつむるポチ。
俺はもうその覚悟を受け取ってしまった。
だったらスキルを止めないのはもちろんのこと、少しでも辛くないように精一杯尽くしてやらないといけない。
だから……。
――ぶしゅっ!!
「一回死ぬくらいの覚悟を持って、この一撃を放つ。ハチ、これで剣はできそうか?」
『遥様のスキルを併用して……凄いのができるわ。だって素材が素材だもの。そんなちんけなものとは比べ物にならない。でも……』
「なら頼む」
『了解。まったく、お人好しね』
俺はグレンデルがもうその場から動けないと判断して自分の腕をぐるんぐるん動かし……地面に突き刺さった血の剣で自分の腕を切った。
そして、その断面に魔法陣を展開。
今俺が扱える最高の剣をそこに生み出すのだった。




