294話【ポチ視点】私と私
「うっ……」
「まだ動かない方がいい。脇腹……血が凄い」
「大丈夫、だから。それはあんたが一番分かるでしょ?」
「……」
問い掛けて黙るのは私の半身。私、ポチであってポチじゃない存在。
あの日、ご主人様が実験的に食べさせた1粒の種。
あれを食べてから生まれた子。
私と違って全然自分から動こうとしないし、愛想もないけど、誰よりも私を理解して慈しんでくれる。
身体は繋がっていて、やろうと思えば痛みや熱、その思いも受け渡しができる。
だから私はあの熱い階層を、毛むくじゃらの身体でも耐えることができた。
当然感謝はある。この子がいなければ私はもっと早くに死んでいた。
仲間たちと一緒に、ご主人様に殺されて食われていた。
……。……。……。
走馬灯のように思い出す光景。
ご主人様は私たちが住んでいた41階層を訪れて、唯一、二足歩行のモンスターじゃないって理由でいじめられていた私を優しく包んで助けてくれた。
50階層を目指しているけど、食糧がなくてと困った様子だったから私は自分の群れを教え、食事を振る舞って、お礼として簡単な作物の育て方を教える提案をした……そしてそれがきっかけで私たちはしばらく一緒に暮らすことにした。
『ありがとう』の言葉にくっついていた笑顔は邪悪さなんて何も感じられない穏やかなものだった。
だけど突然事件はあの日、ううん、多分前日から起きていた。
真夜中。真っ赤な目、銀色の道具と真っ白な袋を片手にご主人様は帰ってきた。
倒れ込むようにして寝床についたところを見て、心配にはなったけど、それでも帰ってきてくれたことに安心して私も寝た。
深く深く、自分でも驚くくらいに。
そうして目覚めた時、私の側には銀色の道具を手にしたこの子がいた。
何かの焦げるような匂いと地震、気になることは山ほどあったけど何よりもその事が私を驚かせた。
だって言葉は交わせなかったけど、考えていることが全部分かったから。それを信じていいんだって直感できたから。
それで私は慌てて私はその銀色の道具と袋を隠した。
交渉の材料を手に入れるために。
それから私とこの子はご主人様と会うことができた。
その顔は私の知っているものじゃなくて、2人になった私を邪悪に、嬉しそうにでも悲しそうに笑って……まるで新しい玩具を試すよう、49階層に私を運びモンスターに襲わせた。
逃げ惑い、上へ向かう様を一頻り楽しんだのか、命からがら41階層までたどり着いたあとようやく対話できたけど、その頃には私への感心はほとんどなくて……道具の捜索のためだけに生かされ、41階層を与えられた。
念話だけのやり取り、冷たい口調。……あり得ないくらいの殺気。
きっと初めはそれだけしても変化のなかった私をただ糧にしようとして、それであんな風に……。
……。……。……。
「人間に、それ以上になりたい感情は分からない。でもあの日、同じオーガの死体を大事そうに抱えてやってきたご主人様が、本当は優しい仲間思いのモンスターだっていうことは知ってる。だから、だからだから……もう悲しまないように、したくないことを続けないように、ここで決着をつける」
「……。ダメージの受け渡し……。これで、少しは動けるようになる」
「ありがとう」
「お、おい!! お前ら待てって!!」
私ともう一人の私が歩きだすと、介抱してくれていた人間が慌てたような声を上げた。
見た目以上に優しくて、なんだか懐かしい雰囲気の人間の男。
モンスターと人間の関係なのに。
「確かに人間は遥かに優れてる。その人情味……きっとあの時のご主人様の方が人に近かったんだろうな……。ありがとう、ここまで本当に助かったよ」
ついついその声にみを委ねたくなる気持ちを抑えて私たちはご主人様の元へ駆け出したのだった。




