287話 つるん
『バーン! って、ド派手な登場を演出……いっそのこと奇襲でワンパンでもしてあげようと思ってたのに……。役回りがショボショボすぎすぎぃ』
「ご、ごめんって。それで魔法は水弾でいい?」
『……なんでもいいわ。とにかくクッションを出すわね。それとそれも手離させるから』
どこで覚えたのか、なつかしのギャルみたいな口調でふて腐れるハチに従って最小限の魔法陣を展開。
思いの外遠い50階層に向かって俺は水の弾を発射した、つもりだった。
「あれ? なんか思ってたのと違う」
『大丈夫。私の方で粘着性を足したりしてあげただけだから』
「そ、そんなこといつの間にできるようになったんだ?」
『ふふん! 私だってまだまだ成長中だってこと!』
この得意気なハチによって魔法陣からはねちゃねちゃ音を立てる水がどぼどぼと吐き出されていた。
下に落ちるそれと俺たちの身体に垂れるそれ。
もう水の弾じゃないってのは当然として、ぬるぬるで弾性があって水なんだかも怪しい。
ローション、いいや、スライムじゃんこんなのもう。
気持ち悪い……でも確かにクッションにはなるか――
――つるん。
「あっ」
『うんうん、これで両手が空いたわね。待ってて遥様、あんなのよりももっともっといい剣をこっちで作って送るから!!』
スライム水によって手から巨剣が滑り落ちてしまった。
それによって落下速度は減速。
それでもって剣を持っていた手には所々穴が開いて血が……。
なるほど、握ると一体化するタイプの剣だったのか。
特異な素材と、俺のスキルの発達段階だとああいったデメリットもあると――
「って、明るい? うっ、目が慣れなくて……」
50階層に近づいたことで灯りが射したのか、目の前がキラリと光った。
思わず両目を半開きにしてしまったから、余計に先が確認しにくいが……。
――パン。
なんか、今変な破裂音しなかったか?
まさか敵のスキル?
爆発系の攻撃もできるってわけか。
だとすればより広範囲に攻撃が可能性な上、空中は不利。
まだ俺たちの姿は捉えられていないだろうから、こっちも目眩ましを。
――べちょ。
「え? なんで? もしかして着いた? というか、この水の衝撃吸収効果えぐくないか?」
目ぼしい魔法を頭の中で探していると、唐突に足が地面に着いた。
暗くて見えなかったことと、想像以上にあの一瞬、あの重さで距離を稼いでいたらしい。
よく見ればスライム水はあまり広がってないし、そんなに飛び散っては……いる、か。
「ぐ、おお……。俺を、ここまでこけに……。こいつを! こいつこそ! 糧に! 糧に! 糧にぃいっ!!」
荒々しい声には怒気だけでなく狂気が見える。
こいつにも角が2本生えているから種族はオーガになるんだろうけど、服装……というか装備や体型、真っ黒で整った黒い髪など清潔感があって……正直地味、だけど人間らしさは強い。
ただあれだ、身体のど真ん中に剣がぶっ刺さってて、折角の装備がスライム水で汚れているのが勿体ない。
「……。……。……。って全部俺のせいか。悪い。多分お前が階層主であのお方なんだろうけど……出鼻挫いちゃったよな」
「あ、はは……。遅い。けどそりゃかっこ良すぎんだろ……並木遥」
俺が適当に謝罪をしながらスライム水を払っていると、倒れていた山吹が乾いた笑いを溢したのだった。




