285話 ご主人様
「死んだ、のか?」
「正確には……元に戻った。さっきも言ったけどここに来る前からこのモンスターは死んでいたんだよ」
「そうか……。それで、あんたは辛くないか?」
「なんで?」
「リッチーのことを知っていたみたいだから。それに……その表情、言葉とは反対で氷みたいに冷えきってはいない」
悲しみと、奥歯を噛み締めているのか、怒気も感じられる。
それは自分に対してか、それとも……。
「……多分、辛いんだと思う。怒ってもいる。でも、私はそこまでじゃない。この身体になって、自分が自分になってからそこまで経ってないもの」
「その感情の根元は……もう一人のあんた、か」
「うん。私たちはほとんどの情報を共有できる。それで、後から生まれた私は情報をそのまま流してる。だから、今あったことも向こうは知ってる。ただ……向こうの状況が、流れてこない」
『私たちの契約に似ているのかしらね?リッチーもそうだったけど、1つの個体が2つに分かれるって……。ダンジョン産……。ううん、多分神様が持ち込んだもの。だとすれば、それらの管理を任せられるのは……あいつが関わっている可能性もあるわね。あんまり話したことなかったけど……。やっぱり陰湿なやり方が好きなのね』
「ハチ?」
『ううん、なんでもない。多分今回、というかこっちが神様の味方でいる限り直接……なんてことはないから! それよりも、本当に凄いアイテムよね!』
女性と本体、その話を聞いていると、ハチも興味津々といったように俺に共感を求めてきた。
どうやらここにある種についてはハチも知らなかったようだ。
「やっと次の階層に……あの人に会える。私が望んでたこと、ではないけど、嬉しい。もう一人の人間も無事だと思うけど、急ごう」
――すぅ……。
「え?」
『これって……』
「早く。こっち」
「あ、ああ」
女性の本体について、この先にいるその人についてこれ以上言及することなく俺たちは走り出した。
「――本当に大丈夫、なんだよな?」
「うん」
なぜなら女性は大丈夫と言いながらも、その身体に傷や痣を顕現させたから。
それも何か攻撃を受けた様子もなく、突然。
「ハチ――」
『私もここからできるだけサポートするから。次の階層に入ったら、水魔法の魔法陣を展開して』
「……話し合いの段階はとっくに過ぎてしまってる、か。まぁ聞いている限り普通じゃなくなっているようだったから当然覚悟はしてたけど……。なぁハチ。この先の敵の強さ、どれくらいだと思う?」
『……。竜を殺せる。しかもこの階層の……。となれば、レベルは上限の9999。ここから下の竜はそれがデフォルトだと思っていいわ』
「なるほど……。それじゃあまだまだ俺の方が強そうか」
◇
「はぁはぁはぁはぁ……。は、はは……。まさかこんなに強いのが出てくるなんざ、思わなかったぜ。まさか、あいつがこんなに早くちょっかいだしてしてるなんてな。……今の俺じゃ、どうにもなんねえ。あーあ、ついてないぜ。こっから俺のやり直しチート人生スタートだったのによ」
「……。ご主人、様」
――カリ。
こんだけ種を食ってるこいつにでも『仲間』の声なら届――
「うぁ、う、があ゛あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! もっと……もっと強く……。俺は、なるんだ。誰もかもを淘汰できる人間に。あなたが魅了してくれる存在に。……そのためにも、でき損ないの……もて余してる馬鹿人間を、モンスターさえも養分にしてやるんだ」




