266話 前借
「見てる側だけじゃなくて俺たちも楽しめるように、もう少しだけでもお手柔らかにしてもらいたいもんだよ……」
モンスターの楽しそうな笑い声とは反対に俺はため息を漏らす。
だってどの情報も、勝手に盛り上がる声の主も俺にとっては最悪を告げるだけ。
こんなことになるのならせめてあの時赤についてきてもらえば良かった。
おちゃらけた探索者の山吹と無口の女性、限りなく犬なポチ。
そして俺の3人と1匹に今後の人類の命運を唐突に背負わせるとか……誰がそんなの想像できるのさ。
あんまり認めたくはないけど、常にポチを抱えながら戦うのは負担になりそう……。
「わん!」
「おい! あんまり暴れるなって! あれは無理! ぺしゃんこになるぞ!」
可愛いけど……これがずっとじゃ山吹でもリタイアって言いかねないか?
「……最終階層までどのくらいか、神測」
『現在の地点から最終階層のある階段まで約半日の距離です。……。最短ルートの確立を検討……。ショートカットポイントの存在を確認。表示。実行……権限がありません。実行できませんでした。時間短縮のため、顕現前のスキル【分配】を確認。……。他モンスター、いわゆる敵の強化とスキル主の時間限定パワーダウンを条件に一部効果、さらには劣化した効果の前借りが可能。これによる被害は小。前借りを実行』
いつにも増して困った様子で、あれやこれやと勝手に神測による補完が実行。
アナウンスが消えたタイミングで俺たちの目線の先でなにかが光った。
「――およ!? なんだよ! これ、急に!」
「わん!」
「!?」
そして、同時に山吹たちに異変。
やや筋肉が隆起。
地面を蹴る力が高まったのか、さっきよりも多く砂をかき込み、抉り、飛ばした。
走る速度は上昇。
すぐに顔を確認できることから、女性の顔をちらっと覗くと、目がやや充血……血走っているようにも見えた。
おそらくは俺の発動している超身体強化の効果が【分配】されたのだろう。
証拠に、超身体強化のデメリットである身体のきしみはいつもより少なくなったように感じる。
『分配』は契約と違ってその効果を丸々受け渡すものではなく、名前のまま、あくまで分配。
使えないことはないが……これ、本当にそこまでのスキルなのかな?
まぁ、まだ効果を十二分に発揮させられているわけではないし、これ以上の効果は読めないから、何ともは言えないけど……どうしても懐疑的になってしまう内容だ。
『――ほう。こんなことも可能とは……面白い。ならばこの余興をより、派手に彩ってみようか。それに、こうすればその仲間の足も勝手に発動速くなるだろうよ。……限界まで鼓動しろ! 偽造の心臓共!』
その声は俺と敵のモンスターたちにしか届いていないようで、山吹たちは注意する様子がない。
とはいえ、今の速さで移動できているのであれば問題ない。
――ぴちゃ。
そう思った矢先、俺の頬にはくすんだ赤い血らしきものがかかった。
『ほう。耐久が低くなった奴はそうなるのか……。だが、不死の軍団は行進を止めない。それどころか、無駄を削ぎ……進化の予兆まである。【種】の効果がここにきて活きるか』




