239話 熱視線
「――はぁはぁはぁはぁ……。し、死ぬかと思った」
「でもダメージ0だろ? 酔ってもないみたいだけど」
「そういう問題じゃねえっての! 心の問題なのこれは! 乙女心わかんねえタイプかよ!」
「ん? でも山吹は女性じゃない――」
「はぁ……。もういいや。とにかく41階層に着いたわけだし、仲間探しと群れのぶっ潰しといこうや!!」
階段を下った先はかなり開けていて、俺たちがこうして話していても籠って聞こえない。
やたらと広いマップの原因はこれが主だったからで、地形が複雑に描かれていたのは陰っていて見にくいけど観覧席のように壁が段になっていることと、やたらと足場が凸凹していて、ちらほらと穴や大きめの岩がなんとも邪魔な場所に置かれていたから。
通常のダンジョンにある開けた場所というと、本当にただ広めなだけの場合が多くて、湖がぽかんとあったりとかすればそこそこ話題になる。
それに比べてここは、なんというか凄く色々施されているように見える。
まるで闘技場のような……。
「――ぐがぁっ!!」
「おっ! 出てきたか!!」
辺りを見回していると、岩陰からモンスターが飛び出してきた。
だけどその数はたったの1匹。
さっきの罠を見た感じ群れ、軍隊みたいなものを組んで自分たちのテリトリーを守っているのかと思っていたからかなり意外だ。
ここが1階層だからか、それともこいつは囮で他の個体が俺たちを狙っているのか……。
いる。
マップを見る限りモンスターの表示はある。
上にずらっと数百、この奥に数十匹。
「なかなか強そうじゃねえか! 電気纏」
いつその膨大な数のモンスターが襲ってくるのかと、警戒をしつつ、早速戦闘に入る山吹を見る。
バリバリといつものように鳴り、纏わりつく電気は器用に形が整えられ、それはまるで特攻服のよう。
戦闘面で見ると邪魔そうに思えるけど、気合い乗りが違うのかな?
「ぐがぁ!」
そんなやる気十分な山吹に呼応するように吠え、走り出す相手。
種族名はおそらくワーウルフ。
コボルトとは異なり全身が毛で隠れているわけではなく、腹や胸、腕の辺りには人と同じ肌が見える。
鍛えられた腹筋や上腕二頭筋が分かりやすく浮かび上がっていて、単純な殴り合いが強いということが分かる。
走ってくる速さもかなりのもので、41階層という深い階層のモンスターとしては合格点だと思う。
ただやはりこいつは群れの1匹って雰囲気のモンスター。
ボスのような雰囲気があるわけでもなくて、いわばモブに近いモンスター。
そんなのが1匹ここで待ってるってのはやっぱりおかしい。
山吹の強さは普通の探索者のそれじゃないことはこの数日で分かったけど、不安はできるだけ排除しておいたほうがいい。
「山吹! 大丈夫だと思うけど、助けに――」
『階層の強モンスターが2匹ロストしました。41階層において新たな権利が発生しました』
山吹に声を掛けていると神測がまだ活きていてらしく、勝手に情報を伝えてくれた。
確かにマップの奥のほうにいるモンスターが減っている。
映像は……暗くて見にくいけど、多分したの階層に降りたってことなのかな?
だとすればなんで……。
「とった。まだまだ俺のが速いぜ、この野郎。せーのっ!」
「がっ!?」
目を離していた隙に山吹はワーウルフの懐に潜り込んで肘鉄砲を食らわせていた。
どうやらあの服には身体能力を高めるバフのような効果、それに電気が付与されているところを見るに相手を麻痺させる効果もあるらしい。
にしても、鳩尾を一撃って見てるこっちまで痛くなりそう。
野生のモンスターなんて、気絶しなかったとしても痛みと怯み逃げること間違いなし――
「ぐ、あ……」
「へぇ、いい目するじゃねえかお前。流石に40階層以降のモンスターって看板背負ってるだけはあるぜ」
あり得ないくらいワーウルフの目は死んでいなかった。
感情が欠如してるわけでもなく、欲望に支配されておかしくなってるわけでもないのに……。
それに上にいるモンスターからの熱い視線が感じられるようになって……ここの奴らはどこかモンスターとしておかしい。




