213話 乾杯
「――そうですね、料理も出そろった事ですしそろそろ発表してもいいですか?」
「うんうん。それじゃあ、みんなグラスを持って!! ほら遥様も!!」
俺の少し強めのツッコミにまず反応したのは京極さん。
だけど、声を掛けたのは陽葵さんとハチで……なにがなんだか分からないままビールが注がれたグラスをハチに手渡された。
「では改めまして……。こほん。えー、探索者協会副会長及び委員会役員に代わって私京極彩佳から並木遥様に伝達させていただきます」
声のトーンを落とす京極さんはごそごそと裏で何かを取り出したかと思うと、それを後ろ手で隠しながら俺に真剣な眼差しを向けた。
さっきまでざわついていたってのに、みんな静かになって……なんだかちょっとだけ緊張してしまう。
「ダンジョン街に住む人の声、多数の探索者たちによる声、またその実績や強さから……本日付で並木遥をS級探索者とします。よりよい発展のため今後も御協力をお願いいたします」
「え……」
「これがその証明証書と記念のバッジになります。失くしても再発行出来ますけど結構面倒なのでくれぐれも気を付けてくださいね」
「S級……俺が?」
手渡されたバッジは見た目以上にずっしりと重く、証明証書には直筆で警備団体のお偉いさんの名前や探索者協会の副会長の名前が書き込まれていて、違う意味で重い。
この前までレベルが高いだけの雑魚だって言われて……今回の事件の時だってそこまで信用されてはいないって思って……。
「俺なんてまだまだ、だって思ってた……」
嬉しさよりも本当にこれを受け取ってしまっていいのかって考えてしまう。
だってそれくらい、俺にとってあり得ないことだって思ってたから。
まさか、こんな短期間で陽葵さんと同じ級にだなんてさ……。
「なになに遥様! なんでそんなに暗い顔してんの! いい事なんだから目一杯喜びなさいって! これでもっともっと課金できるのよ!」
「課金って……。お前本当にそればっかり、だな」
ハチに背中をバンバン叩かれながら無理に笑う。喜ぼうとする。その感情を押し殺そうとする。
みんなが集まったのはこれが理由だったんだ。俺を、こんなときでも祝おうとして……だったら、出来るだけ笑って――
「遥君」
「陽葵さん?」
俺が必死に笑顔をばらまいていると陽葵さんが俺の勝を見てにっこりとほほ笑んだ。
だめだ、そんな顔で見られると俺……。
「まだまだなんて……私を含めてそんなこと言える人はいないわ。断言する。……。頑張ったね、遥君」
「……うっ、あ」
憧れの人と同じ舞台にようやく立てた、遠いと思っていた場所にこれた。その背中に、触れられた。……認めてもらった。
陽葵さんの言葉で押し殺そうとしていた感情が止めどなく溢れてしまう。
みっともなく涙がでる、情けない声も。
いい大人が恥ずかしい、けど……。
「うふふ! それじゃあ僭越ながらこの私、遥様の従者であるハチちゃんが乾杯の音頭をとるわよ! ではみんな遥様の昇進と、犯罪者たちの鎮圧を祝って……カンパーイ!!」
「「「カンパーイ!!!」」」
俺を馬鹿にする人ような人はここにはいなかった。
「ありがとう、ございます」
取り分けられる料理、注がれる酒……まだまだ問題は解決していないけど今だけは、この幸せに浸ってしまいたくなる。
でも、あの2人を思うと罪悪感が――
「遥、飲んでない」
「あ、本当ですね。私注ぎますよ」
「あの、その……」
そう思っていると苺と京極さんが俺の顔色を窺ってきた。
俺なんかよりも大変なのはこの2人なのに。
「……。気を使うの、良くない。お母さんのこと、お父さんのことは私の問題。こんなときに遥まで暗くなるのは違う。それに……もうそこまで辛くない。むしろ……」
「私も、お母さんのことや会長のことは気にしないでいいですよ。むしろ……」
「やる気満々だから!」
「やる気満々ですから!」
重なる2人の言葉、同じように燃える瞳。
そして……一気にグラスを開けてしまう2人。
「あ、なんか酔ってきちゃった?」
「ふらふら、ふらふらですぅ」
「いや、苺のはオレンジジュースだから! 雰囲気酔い!! 京極さんは強いはずなのに……って、あっ! これ水で割ってるんじゃなくて、酒を酒で割ってるじゃないですか!!」




