212話 無言
「――俺やりましょうか? 上手いってわけじゃないけど、ある程度は……」
「だ、大丈夫です! 昨日はちゃんと出来たので! こっちは私が食べますから、皆さんはそっちで準備をしててください!まだ、時間はあるでしょう?」
「確かにまだ約束の時間にはなってないですけど……」
「でしょ! まだ、こっちの設備に慣れてないだけだから、慣れれば大丈夫ですよ!」
「は、はぁ……」
玄関を抜けると煌びやかな装飾が施されたリビング、そして、それと間取り上まとめられる形で設置される台所であたふたする大柄の男と陽葵さんが目に止まった。
よく見ればその手元には黒いなにかが大量に作られ、異臭を放っていた。
そういえば陽葵さんってここに来てから料理って……。
「……。何の催しなのかはわからないですけど、無茶は良くないですよ」
「そうそうその通り! 流石、今話題の探索者は冷静沈着だね!」
「べ、別に! 私だって落ち着いてます!ただ、みんな色々あって辛い時だから、今くらいは私がって……って遥、君?」
「ただいまです。すみません。どうやら予定より早く来てしまったようで」
少ししてからじゃないと俺に気づけないくらい陽葵さんは落ち着いてなかった、と。
前の戦いでも思ったけど、この人はどうしても背負い込もうとし過ぎるところがある。
「おっと、それじゃあ俺はお邪魔かな。カセットコンロこっちに運んどくから暇な時にでも野菜切っといてくれ。にしても……なんかあんたらって……。いや、若い二人に俺なんかがあーだこーだ言うのは無粋だよな」
それでもって大柄の男、オロチ討伐の時のリーダー、名前は……忘れちゃったけど、見た目以上に気が回る。
俺だけに聞こえるよう耳打ちしてくれたし、俺が帰ってきたことにもすぐ気づいて対応してくれた。
だけど、面倒な親戚のおじさんムーブはやめて欲しいなぁ。
いや、いい人なんだけどね。
「……。ごめんなさい。本当は遥君を驚かせたかったんだけど、迷惑だったよね?」
「いえ、別にそんなことは」
ちょっと思ってるかもしれないないけど……。
それよりも、なんかこうさっきの宮平さんたちを見てたせいか……。
「ケーキ、作ろうとしたんだけどね。私、あんまり料理得意じゃなくて……。でもあんなことがあったばかりの京極さんに頼むのも、既製品を買うのもなんか違うなって……」
「そう、だったんですか」
「うん。できないのに、弱いのに背伸びして……。だからこんなところに傷も出来て……」
陽葵さんは首もとに手を当てた。
きっと風竜の見せた映像でまた少しナイーブになっいるらしい。
でもダンジョンで戦っていたときの気を張った感じはない。
前よりも素で接してくれている、そんな気がする。
なんだろう、それがたまらなく嬉しいと思えてしまう。
「でもそのお陰で助かりました。この前のダンジョンでもそう。俺はそんな陽葵さんの背中に憧れで、好きなんだと思います」
「え?」
「……。……。……。……あ」
つい、誤解するようなことを口走ってしまった。
これは俺が悪いけど、悪くない。
だってなんだか今日の陽葵さんは妖艶に映るから。
「遥君、そのあの、えーっと……」
「違うんです! いや、違くないけど……その」
「……」
「……」
お互い黙ってしまった。
最悪だ。気まずすぎる。
「――臭い! 京極風で換気! みやは窓開けて! 遥と陽葵は料理! ハチと赤はダークマター処理!」
苺の一声。
それによって部屋全体にも異様な空気が流れ、ハチ、赤、リーダー、宮平さん、京極さんの視線が俺たちにフォーカスを合わせていることに気づいた。
そしてせかせかと働き始める皆様方。
大人が揃いも揃って恥ずかしすぎる。
「……。あの、俺ケーキ作りも出来るので、その……一緒に作りませんか?」
「……いいの?」
「むしろ、なんというか……光栄、です。こうやって補い合えるのが」
「……。そう、そうよね。赤の時もそうだったけど、これからは背中合わせで頑張りましょう。それで……あのときの因縁、それを操る地上の人間、神宮を倒しましょう」
「はい!」
冷静を取り戻してくれた陽葵さんに返事をすると、俺は自分の作業に取りかかり、ご飯の準備も同時進行。
陽葵さんとする料理は楽しくて、宮平さんや苺の思う壺。
俺は作業に没頭して、ついにパーティーの準備を整えたのだ!
「……じゃなくて、だからこれなんの集まりなんだよ!」




