207【苺視点】笑顔
「外でも暮らせていけるように、これはいざってときやで飛び出ていちゃいけない。お母さんみたいに暴れても駄目。だから、ちょっと痛いかもしれないけど……」
「マ、マ……。あ、ああああああああああああ!!」
お母さんはそっと触れていた手で私の角を力一杯押し込んだ。
すると角は頭の中に埋まっていく。
かなりの痛みがあるみたいで、私は白目をむきながら絶叫。
「この記憶を改竄された街やダンジョンに、苺……あなたは順応して生きて。お父さんもお母さんももう会えないけど……でもきっといい仲間に出会えるわ。それでその仲間たちと一緒に抗うの。神宮みたいな人間に、差別意識に。辛いかもしれないけど、戦うことから逃げないで。お母さんと違って戦って戦って……それでいつか幸せになって。……ごめんね。最後なのにこんなことばっかり言っちゃって。大好きよ、苺」
「あ、あ……」
お母さんが優しく私の顔を撫でた。
するととうとう痛みに耐えきれなくなったのか、私はその目を閉じて気絶。
お母さんの胸の中に落ちた。
「種族間のみで扱える、いや、親子って間柄だからできる力の封印ってところかな?その仕組みは気になるし、面白いとも思えたけど……尚更君の持つレアスキルは君自身から得ないといけなくなったね」
「そうよ。だから娘に手を出す必要はない」
「うーん……。子供とはいえ、今のことを覚えているかもしれないからなぁ。残念だけど一応殺しておくよ。ま、そのときの君の顔も気になるところだから――」
「――う、あ゛」
低いうなり声、それは神宮の話を遮りダンジョン内に響いた。
お母さんの声でも、当然私の声でもない。
これはスキルイーターの声。
神宮に止められていたそいつは、苦しそうな声とともに突然現れ、お母さんと私の近くに黒い穴のような空間を作った。
穴は小さいけど、その場から移動できる装置なんだと思う。
だってそこからは風が吹いて、よく目を凝らすと、こことはまるで違う光景が微かに見えるから。
「こいつ……。このスキルはこんなことまでできるのか。でもなんだって突然」
「きっと苺のおかげ。この子から命令主である夫と同じそれを感じて……私と同じ様に逃がそうとしたんじゃないかしら」
「馬鹿な! こいつらには感情はないはず!そう作ったって俺は教えられていた!」
「人間やモンスターを使っているんだもの、生まれたばかりでは確かに感情がなかったかもしれないけど、これだけここで暮らせば自我を持つのは不思議じゃない。……ありがとう。この子ために、死んでくれて。ちょっと遅くなるけどなさ私もそっちにいくからね」
地面に倒れたスキルイーターは動かなくなり、途端に肉塊へ。
そして、あっという間に土と同化してその場から消えた。
本当に人だったなんて想像もつかないくらいあっけない。
きっとこれも死体の処理に困らないよう改造された結果なんだと思う。
「スキルイーターは死んだか。スキルを使った代償で……。作られたモンスターの割には洒落た死にかただことで。あー、これちょっとあれだ」
「苺、じゃあね。愛してるわ」
「マ、マッ!!」
俯きながらぶつぶつと呟く神宮。
それをチャンスと思ったお母さんは穏やかな表情を浮かべつつも、躊躇いを一切見せないまま私を担ぎ上げてその穴の中へ押し込んでいく。
――ドス。
刃物が身体をさに刺さる音がした。
お母さんの口からは血が垂れる。
でもその顔は私の姿が消えるまで笑ったままだった。




