202話【苺視点】快感と罪悪感
「――う、ぐぐぅ……」
「藍……」
「マ、マ?」
焼き焦げただけじゃなくて、藍たちの周りの地面は深く深く抉れてて、白雷の威力がどれだけのものだったのかを物語ってた。
仮に今の私があれを受けても一撃で死んでた。
でも大した溜めも、魔法陣の展開もなし。
適当に力を込めて放った、雷竜にとってはただそれだけの攻撃だったのかもしれない。
「嘘だろ……なんであれを受けて生きているんだよ」
「『罠師』のスキル主がこの場にいないから、転移は完璧じゃなかった。だから竜の力全部をこっちまで運んでやれなかった。以前強化されたスキルを試した時に召喚した竜よりも……今日のは大人しすぎた」
「死なれたら罠も発動できなくなるからって、上に残してきたのは間違いだったみたいですね……でも、魔法陣はまだ残って――」
――があああああああああああああああああああああ!!!
沈黙していた藍がけたたましく吠えた。
そして再び部屋全体に振動が行き渡り、まるで地震が起きたみたいに建物や人が揺れた。
しかもその振動は魔法陣にさえ影響を及ぼして……。
――パリン。
ガラスのような音を響かせて破壊。
攻撃を受けたはずなのに振動のスキルはより強力に進化してる。
「罠が……魔法陣が……。竜が、消えた。……気配も感じない」
「あの角を見ろ。さっきよりも太く、今にも弾け飛びそうなくらい膨張してやがる。きっと今の攻撃を取り込んだんだ」
「そ、そんなことが可能なんですか?」
「さぁ、俺だって詳しいわけじゃない。ただ鬼と雷で相性がよくても別に不思議とは思わない。……ともかくだ。作戦は失敗。子供はもう捕まえにくいところに。しかもやつのスキルがどれだけ強化されたか分からない今、迂闊に攻撃はできない。撤退だ」
「了解で――」
探索者たちは素早い状況判断の結果、藍たちに背を向けた。
しかし、藍は見ていた。
罠を発動した時も、逃げ出そうとした今も。
「逃が、さな……い」
「う、ぐ……おぇっ!」
「こいつ……今ので速さも獲得したのか!?」
光としか認識できないほどのスピードで後輩であろう探索者を捕らえた藍。
その顔はすごく辛そうだけど、さっきよりも人間らしい。
ただ、やっていることはいつもの藍らしくない。
だって口の中に手を突っ込んでぐりぐりぐりぐり……殺すだけならこんなことは絶対不必要だから。
「逃が、さない。許、さない。殺、さないと。で、も……殺したく、ない」
「こいつ滅茶苦茶言いやがって……その手を抜け!!」
「……『促進、振動』」
リーダーが仲間を助けようと盾による体当たりを繰り出した。
しかし藍はそんなものもろともせず、盾に手を引っ掻けて簡単にそれを剥がした。
そうして、無防備になったリーダーの胸にそっと触れた藍はスキルを呟く。
音をたててしっかりと確認できないほどに震えだす藍の手。
その振動はリーダーの胸……心臓にも伝わり、段々と鼓動が強く早く大きく、辺りに聞こえ出す。
「――う゛、ぐるじい゛……く、そ」
リーダーの伸ばした手は藍に届かず、パタリと垂れ下がった。
それを見る後輩探索者の目からは涙が溢れ、そして……。
「『強、振動』」
藍が別のスキルを呟くと目や鼻から血を吹き溢した。
「……ふふ、ふふふふふ。楽しい、楽しい楽しい楽しい楽しい!……楽し、くな、い」
人間たちを殺した藍はその快感に笑った。
でも、まだ人間らしかった時の自制心は消えきっていないのか、少しだけ黙った後天を見上げながら涙を溢した。




